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◆ A sweet Dilemma
(Forget-Me-Not(「私を忘れないで」)第二章)
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「…ふにゃあ…?」
間の抜けた声が、思わず口からもれた。
…その声に、周りにいた仲間たちがはっとなる…
と、その驚きの表情がゆるんだ。
さっきまでソファに座り込んだまま、いきなり眠り込んでしまったリョウが目を覚ましたのだ…
いや、目覚めたのは彼ではない。
「エルレーン」だ。
「…」顔をゆっくりと上げた彼女は、ぽうっとした目をしている。
まだはっきり目覚めきれていないようだ。
「よお…」
ムサシがそんな彼女を見て、にやっと笑いかけた。
…エルレーンも、笑って応じる。
「ムサシ、君…あ、あれ…?…ここ、どこ…?」
エルレーンはようやく、自分が今いる環境が普段とは違う、見慣れないものであることに気づいた。
研究所でもない、学園寮でもない…大きな木目調のテーブルが目の前にあり、その周りにソファーが幾つか並べられている…
向かい側のソファーには、ミチルとハヤト、そして自分の隣にはムサシがいた。
白い壁には枠にはめられた絵画がかかっている。
テレビが置かれた窓際には、大き目のガラス窓から日光が差し込んでいる…その向こうには、陽光にきらめく浅間山。
「ここ?私の家よ…エルレーンさん」
きょろきょろと周りを見回し、困った風のエルレーンにやさしく言葉をかけるミチル。
そう、ここは早乙女家だった。4人はここで午後のお茶を楽しんでいたのだ…
その時偶然にも、リョウがまたエルレーンに眠らされてしまった、というわけだった。
「研究所じゃ、ないんだ…じゃあ、研究所に、…いかなきゃ」
だが、立ち上がって研究所に急ごうとする彼女を、コーヒーカップ片手にハヤトがいさめる。
「まあ、そんなに急ぐこたあねえだろ、エルレーン…せっかくなんだ、ゆっくり茶でも飲んでけよ」
「で、でも…」
「エルレーンさん、ゲッター線ソナーの開発は今のところ順調よ。
…もちろん、本当に極秘中の極秘のプロジェクトだから、進み具合は遅いけど…でも、さしあたっての問題はないって、お父様も言ってたわ」
「?」
ミチルがそのように言う意図がわからないらしいエルレーン。小首をかしげて、きょとんとしている。
「うふふ、だからね」
にこっと微笑んで、ミチルは続ける。
「…たまにはいいじゃない、こうやってのんびりしても。…だって、あれから、えーと…14…そうね、2週間ぶりなんですもの、あなたと会うの」
「2週間…そう、なの…」
「そうそう!たまにはいーじゃねえか、そう慌てなくってもさあ」
「…☆」
3人の言葉に、一旦目をぱちくりさせたものの…やがて、エルレーンは自分自身もにこっと微笑ってうなずいた。
「ねえ、エルレーンさんは何がいい?」
立ち上がって台所に向かうミチルが、そんなエルレーンに笑顔で問い掛ける。
「?」
「コーヒーか紅茶。紅茶なら、レモンとミルクがあるけど?」
「…??」
自分にとってはまるで呪文のようなその言葉に、エルレーンは難しい顔をするばかりだ。
「こ…『こーひー』って、なあに…?」
「!…あ、あら…じゃ、じゃあ、紅茶も知らない…わね…?」
思わぬ返答に目を丸くするミチル。
戸惑い気味の彼女の言葉に、エルレーンは少し顔を赤くして、1回こっくりとうなずいた…
「じゃあ、リョウと同じでコーヒーにすれば?」
「う…うん」
よくわからないながらも、ムサシの提案に従う彼女。ミチルもそれを聞き、コーヒーを入れにいった。
コーヒーポットから白いカップに新しいコーヒーを注ぎ、ソーサーをつけてエルレーンに渡してやる…彼女は、おずおずとそれを受け取った。
「…?」
まじまじと…まるで実験の観察でもするかのような目で、エルレーンはその「コーヒー」と呼ばれた液体を見つめている。
立ち上る湯気は、なんだか香ばしい匂いがする。
ゆらゆら揺れるその熱い液体は、どす黒い色をしている…
「…」
やがて気持ちが決まったのか、カップに口をつけ、少し中に揺らぐ黒い液体をすすってみた…
「?!」
途端に、その表情が不快げにゆがむ。
「?!…ど、どした?!」
いきなり不愉快そうな顔になったエルレーン。
ムサシが慌てて問い掛ける…
が、彼女は軽く目に涙すら浮かべて、いかにも嫌そうな声でつぶやいた。
「こ、これ…に、が、い。…すっごく、いやな、カンジ…」
「?!…え、ええ?!…そ、そうなの…?!」
驚きに目を丸くするミチル。ハヤトやムサシも彼女の反応に驚いている…
というのも、リョウは…リョウ自身は、いつもコーヒーをブラックで飲むからだ。
また彼もそれが好きだったはずだ。
だから、当然のようにミチルはブラックコーヒーを入れ、彼女に渡したのだが…
「そ、そうなのかあ…」
「味覚まで変わっちゃうのね…」
しげしげとエルレーンを見る3人。
そんな彼らの視線の先には、不愉快なその飲み物をじっとにらみつけるエルレーンの姿がある…
「そ、それじゃあ…砂糖入れればいいんだよ砂糖」
「『さとう』?」
「そうそう!こうやってホラ」
そういいながら、ムサシがシュガーポットから角砂糖を取り出して、エルレーンのカップに入れてやる…一つ、二つ、三つ。
「ちょ、ちょっとムサシ君!それって入れすぎよ!」
甘党の自分と同じだけの量の角砂糖をひょいひょいと彼女のカップに入れてしまったムサシに対し、慌てたようにミチルが言う。
「そ、そうかなー?」
自分が甘党すぎるくらい甘党であることを自覚している彼は、ちょっとすまなそうにエルレーンのほうを見る…
彼女は、添えられたスプーンでくるくるとコーヒーをかき回し、角砂糖が溶けていく様をじっと見ている…
「エルレーンさん、そんな甘いの嫌だったら、言ってくれたらまた新しいの入れるわよ。それはムサシ君に押し付けちゃいなさい」
「み、ミチルさ〜ん…」
…だが、もう一度勇気を奮ってその液体を口にしたエルレーンの次の言葉に、彼らは再び驚かされた。
「んー…」
さきほどのような激烈な反応ではないが、ちょっと眉根をひそめて考える様子を見せるエルレーン。
「さっきよりは…苦く、ない。…でも、おいしく、ない…」
「そ、そう?」
「ねえ、これが『さとう』?これ入れたら、甘くなるの?」
「あ、ああ…」
「♪」
ハヤトの答えに、にこっと笑うエルレーン。
…すると彼女は、そのシュガーポットからまた角砂糖を取り出し、自分のカップに入れていく…一つ、二つ、三つ。
「…〜〜!!」
その様に目を見張ってしまう3人。
「…」
合計六つもの角砂糖の入れられたそのコーヒーを、もう一度エルレーンは口にする…
すると、ようやく彼女の顔に、ぱあっと広がるような笑顔が浮かんだ。
「…おいっ、しい〜!」
「…?!」
「え、ええ…」
「……」
六つも角砂糖が入ったそれは、もはやコーヒーというより「砂糖湯のコーヒー風味」だろう…しかし、彼女はそれを嬉々として飲んでいる。
これには、さすがの甘党ムサシも驚いた。
どうやら、エルレーンは彼に輪をかけた甘党らしい…
むしろ極端な辛党のハヤトなど、その味を想像しただけで卒倒しそうだった。
エルレーンがコーヒーを飲むその光景から、軽く目をそむけてすらいる…
身体は同じモノにもかかわらず、人格が変わったことでここまで大きな変化が出るとは…
普段は辛党ぶりを見せるリョウの姿になれていただけあって、その激甘コーヒーをうれしそうに飲む「リョウ」の姿…エルレーンの姿はもはや信じがたいものですらあった。
「え、エルレーンさんは…す、すっごい、甘いものが好きなんだ…」
「うん!大好き!」
「そういや姉さんも言ってたな、お前『ケーキ』喜んで食ってたらしいな」
思い出したようにハヤトが言う。
昔街で偶然エルレーンにあった彼の姉・神明日香は、彼女にケーキを食べさせたことがあったのだ。
彼女のそのときのうれしそうな様子を、姉はハヤトに語っていた。
「…♪」
うれしそうに、思いっきり首を大きく縦にふるエルレーン。
…その美味なるモノを思い出したのか、うっとりとした目をしている。
「ふーん、そうなの…」
その様子を見たミチルは、ふっと何かを思い出したようだ。そして、にこっと微笑んだ…

「それじゃあ、ね、ミチルさん!」
入り口で3人を見送るミチルに笑いかけるエルレーン。
楽しいお茶の時間も終わり、これから彼らは浅間学園学園寮に帰るのだ。
「ええ…多分、次また会うときは…しばらく後になっちゃうわね」
「うん…」
「それまでに、私もお父様に詳しく聞いておくわ。ゲッター線ソナー計画について…」
「うん、お願い、ね」
にこっと微笑んで振り返り、エルレーンはリョウのサイドカーに乗り込もうとした。
「!…あ、待って、エルレーンさん!」
「?」
呼び止められた彼女は、再びミチルのほうに向き直る。そんな彼女にミチルは、ポケットから何かを取り出して彼女に手渡した…
包装紙にくるまれた、手のひら大の大きさの板チョコだ。
「…!」
エルレーンの表情に、ぱあっと喜びが浮かぶ。
「甘いもの好きなんでしょ?これ、あげるわ。これ…」
「『ちょこれーと』!…『チョコレート』だよね、これ?!」
「!…あら、これは知ってたの?」
「うん!」
うれしそうにうなずくエルレーン。
「それじゃよかった。ちょうどあったの。よかったら、食べて?」
「!…わあ、いいの?!」
手の中のチョコレートをわくわくした目で見つめそう言うエルレーン。
そんな彼女の様子をみたミチルは、にっこりとうなずいた…
「わあ、ありがとう、ミチルさん☆」
「えっ…きゃっ?!」
うれしさのあまり、自分に飛びついてきたエルレーン。
ぎゅっと彼女を抱きしめて親愛の意を示すエルレーンの突然の行動に、ミチル本人はもちろん、はたで見ていたハヤトとムサシの目も驚きで点になった。
「ちょ、ちょっと…?!」
いくらそれがエルレーンだ、ということはわかっていても、その身体は「リョウ」の格好のままなので、まるで彼に抱きすくめられているかのような錯覚すら起こしてしまう。
困惑したミチルは思わず身体を硬直させ、その整った顔を真っ赤に染める。
「うふふ…」
そんなミチルの混乱など気にとめる様子もなく、エルレーンは軽く微笑みながら彼女からぱっと手を離した。
真っ赤になったミチルが慌てて身体を離す。
「…お、おい、エルレーン!…また眠っちまわないうちに、寮に帰ろうぜ」
その光景をぽかんと見ていたハヤトたちであったが、はっと気づいて彼女を促す。
…少しばかり、嫉妬まじりの口調で。
「うん!」
エルレーンは笑顔で彼らのほうに向かい、サイドカーに飛び乗った。そしてエンジンをかける…
「お、おい…き、今日は、…と、飛ばすなよ?」
サイドカーのシートに座るムサシが、少し怯えた様子で、いさめるように言う…
それもそのはずだ、この間彼女の(地上を走るバイクとしては)初めての運転に付きあわされたとき、その暴走っぷりにひどい目にあわされたのだから。
「えー?大丈夫だよ、ムサシ君☆」
にこっと笑ったエルレーン。
しかし、屈託のなさすぎるその笑顔は、ムサシの不安を取り除くのにあまり役にはたってくれなかった…
…エルレーンは、先ほどミチルにもらったチョコレートを見た。一枚のチョコレート。
と、その時…エルレーンの脳裏に、ある「思い付き」が浮かんだ。
しかし、それを見つめる彼女の表情に…ふっ、と迷いが浮かんだ。
すぐにそれは消えてしまったけれども。
…そして、彼女は大切そうにそれをかばんの中にしまいこんだ。
「それじゃあね、ミチルさん!」
「それじゃあな!」
「ええ、またね!3人とも!」
手をふるミチルに別れを告げ、ハヤトとエルレーン、2人のバイクが同時に発進する。
…と、当然のごとくエルレーンの乗るサイドカーが、強烈な加速で一気にスピードを上げた!
「…お、おい、エルレーンッ?!」
「きゃははははははは…!」
「…きゃあぁぁぁぁああぁぁ!…たぁぁぁああぁぁすけぇぇえぇてえぇぇぇぇえぇ……」
ムサシの絶叫が、再び草原に響く…
見る見るうちに小さくなっていく2つのバイクの影。
そこから発される彼の絶叫は尾を引いて、やがて空へと吸い込まれていった…

「…あ…」
自分の目が閉じられていることに気づいた。
…ゆっくりと目を開くと、そこには見慣れたいつもの天井。
学園寮、自分たちの部屋の…そこでようやく、自分がベッドに横たわっていたことがわかった。
「…」
またかよ、と内心思いながら、上半身を起こした。…やはり、あの不快な頭痛を感じる。
いつごろからだったか、たびたびこうふっと気を失い、眠り込んでしまうようになった。
毎日ではないが、それでも二週間に一回ほどは。
数回それが繰り返されたのですっかりそれにも慣れてしまった…
ハヤトたちに聞いても、別におかしなところはなかったといわれるので、単に記憶が飛ぶだけだと思っている。
…いや、そう思いたいのだ。何の問題もないようなら、そのほうがいい。単なる疲れのせいなら。
…ただ、そのたび、目が覚めるたび…決まってうっとうしい頭痛にさいなまれるのだ。それだけが心配だった。
…あんまりこの状態が続くようなら、医者にかかったほうがいいかもしれない。
「あ、…リョウが起きた」
机に向かって手紙らしきものを書いていたムサシが敏感にその気配を感じ取り、彼のほうを振り返ってにやっと笑った。
「さえねえツラだな。…また、頭痛か?」
窓辺に座ってハーモニカを吹いていたハヤトも、そんなリョウに声をかける。
「…ああ。…俺、本格的にヤバいかもしれない。…一度、病院に行ったほうがいいかも」
軽く自嘲するような口調でそう言いながら、彼は三段ベッドのはしごを降りる…
そして、自分の机の前に置かれたいすに腰掛けた。
「…ん?」
と、その机の上に…何かが置いてあったのに気づいた。
それは、銀紙にくるまれた板状のもの…チョコレートだった。
そのチョコレートは、真ん中あたりで半分に割られたものの、その残りのようだった。
「おい、ムサシかい?…このチョコレート」
「?!…い、いや…?」
そのチョコレートを目にしたムサシの顔が一瞬驚きで強張った。
…だが、彼は何とかそれを押し殺し、知らないふりを装った。
…それはまぎれもなく、あのチョコレートだろう。
「じゃあ、ハヤトか?」
「…知らねえよ」
わざとぶっきらぼうにそう言い放つハヤト。だが内心、そんなことをしたエルレーンの行動に軽い冷や汗をかいていた。
「…?」
二人とも知らないという答え。…つまり、これは結局自分が買ってきて、喰い残したものらしい。
…だが、いくら思い出そうとしても、それをいつ買って来て、いつ半分食べたのかがわからない。
…そのチョコレートを手にとって、外側の銀紙をむく。そして、無造作にその角をかじり取った。
強い甘味。
そして、その甘味とともに、あの日の思い出が一挙にリョウの心にあふれかえった。
口の中で溶けていくチョコレートを飲み下す。焼けつくような甘さが、喉を通っていく…
「…!」
「…?…どうした、リョウ?…それ、そんなにまずいのかー?」
顔を強張らせたままチョコレートを食べるリョウの異様な様子に気づき、わざと明るくそう問い掛けるムサシ。
だが、リョウは軽く首をふって…とうとう、抑えきれずに口を開いた。
「いや…違う、違うんだ…た、ただ、思い出しただけだ…」
「…何を?」
リョウは一瞬惑ったが…それでも、震える声がそれを言い放った…
「あいつも…エルレーンも、チョコレートが、好きだった、って…!」
「…!」
その言葉に、ムサシとハヤトは思わず彼のほうに向き直る。
…リョウは、そのかじったチョコレートを握りしめ、それを見つめている…かすかにその手は、震えてすらいる。
彼の告白は、なおも続く…一度掘り起こされた記憶が、あとからあとから鮮明に…そう、より鮮明にあふれだし、リョウの口から言葉となってほとばしりでる。
「前に…俺、あいつに、チョコレート分けてやったんだ…板チョコ半分に割って、あいつに半分やって…」
「…」
ムサシとハヤトは、無言でその告白を聞く。
…リョウの机に半分だけ残した板チョコを置いた、エルレーンの意図。
…その理由を、この彼の言葉から悟ることができた。
半分の、チョコレートの意味。
「…で、でも…あいつ、おかしいんだ…あいつ、最初、銀紙ごと喰ったんだぜ?…で、ものすごい顔してさあ」
…少しおどけた口調でリョウはそう言った。だが、すぐにその声は深い哀しみに彩られる…
「…」
「でも、中身のチョコレート食べたら…あいつ、すっげえうれしそうな顔して、それを食べて…!」
「…」
「…だから、また、俺…っく……っふうっ…ううっ!」
…そして、ついに彼は言葉を発せなくなった…
ぼろぼろと見開かれた瞳から涙がこぼれおちる。
口を手で抑えて、声がもれないように必死になりながら…それでも彼の嗚咽は止まることなく、静かになった部屋に響く。
「リョウ…!」
「…っく…ご、ごめん…お、俺、また…!」
「…」
その言葉に、ムサシは無言でゆっくり首をふった。
彼の哀しみが痛いほどわかったから。
…あれから、あの戦いからしばらく時が経ったとはいえ…エルレーンとの別れは、リョウにとっては乗り越えがたい別離だったのだから。
だが、彼らは知っている。
彼女は「死んで」はいないことを。リョウの中で、生き続けているということを。
しかし、彼らはそのことを彼に告げることはできない…それがエルレーンの望み。
最も彼女の「死」、彼女との別れに苦しむリョウだけが、リョウだけがそれを知ることができない。
「お、俺…!…俺は…!…あいつを、エルレーンを…!」
またあの呪詛の言葉がリョウの口から出る。
エルレーンを救えなかった己を責めつづける、痛々しいナイフのような言葉…
「リョウ!…もう、もういいよ!」
だから、ムサシはそれを無理やり止めさせた。
ぱんっ、と強く彼の背中を叩いて、その意味をなさない自責のせりふを止めた。
「…!」
「エルレーンは、お前がそんなふうにして自分を責めてるところなんか、見たくねえはずだぜ…!」
「そうだぜ、リョウさんよ…お前は、あのお嬢さんを救うため、懸命にやったさ。…それだけで、十分だ…」
「…ムサシ、ハヤト…!」
「ハヤトの言うとおりだよ…!エルレーンは、きっと…!」
二人はもどかしい思いを胸に、自分を責めつづけるリョウを慰める…
ここで、「エルレーンは本当は生きている」といえればどんなに楽だろう、と思いながら。
やがて、リョウは頬に流れる涙を乱暴に手の甲でぬぐい、深い深いため息をついた…
そして、彼がぽつり、と小さな声で何事かつぶやくのが、ムサシとハヤトの耳に届いた。
「ムサシ、ハヤト…」
「何だ、リョウ…?」
「…馬鹿げてるよな、俺…」
「…?」
「…俺、あれからずっと…同じような夢を、何回も見るんだ。…眠ってる間に」
「夢…?」
「そう、夢…馬鹿げた夢」
そう言いながら、軽く自分でも微笑うリョウ…その瞳に、ふっと自嘲と哀しみの色が混じる。
「あいつが…エルレーンが、俺の…『妹』で、俺たちと一緒に暮らしてる、ずっと俺のそばにいる…そんな、夢」
「…」
「あいつはいつも、あんなふうに笑ってて…本当に、楽しそうで…もう、恐竜帝国になんか、わずらわされないで…!」
「…」
二人は何も言わないまま、何も言えないまま、リョウの「夢」の話を聞いている。
その「夢」を語るリョウの口調は…もはや絶対に来るはずのないその日の到来を待ちわびているかのようだった。
「ふふ…馬鹿げてるだろう…?」
だが、そんなはずがないことは自明の理だ。
だから、彼はその後に、軽く笑ってそう言った…
「…いいや、オイラはそうは…思わないよ」
「ああ…俺もだ」
だが、彼の仲間二人とも…ハヤトとムサシはそれを否定する。
リョウの中に今も生きるエルレーンを、彼らは知っているから。
「…きっと、それは、エルレーンの夢なんだ」
「…?」
「お前と一緒にいたいと思った、エルレーンの望みさ…きっと、あいつはお前のそばにいるのさ。…いつも、お前のそばに、な」
彼らはそんなせりふで、そのことを遠まわしに彼に告げる…
たとえ、そのことにリョウが気づくはずはないにしても、彼らはそうせずにはいられなかった。
自分を責めつづけるリョウを止めるために…
「俺の、そばに…?」
「ああ…そして、俺たちを…リョウ、お前を見守ってる。いつも、いつまでも…な」
「…そうかな…そう、だよな…」
ハヤトのその言葉を聞いたリョウは、しばらく目を伏せ…やがて、静かにうなずいた。
「ああ」
ムサシも笑ってそれに応じてやる…
と、彼の目に、リョウの手に握られたチョコレートが映った。
半分に欠けたチョコレート。エルレーンの意図。
その意図は達成されたのだろう。
何故なら、それを見たリョウは…今、こんなにもエルレーンのことを思い、涙し、そして彼女の「夢」を思い出しているのだから。
(エルレーン…なのに、どうしてお前は、まだオイラたちに口止めしておくんだ…?…お前だって本当は、リョウに…)
だが、湧き上がるムサシたちの疑念は消えない。
その答えを出すべき人間は、今目の前にいるリョウの中で眠っている。
己自身、答えの出せないままのジレンマにさいなまれながら…


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