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◆ 朱(あか)い空間
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『…?』
エルレーンが目を覚ましたのは、あれからどれくらい時間がたった後なのだろうか。
リョウとともにあたたかな闇を漂い、リョウの「身体」が横たわる病室に飛び…そして、あの光の渦に巻き込まれた。
最初、彼女は自分が今いる場所がわからずにいた。
自分を取り巻く空間の中に、ほのかなあたたかさを感じる。
呼吸をすると、その空気がかすかな熱を帯び、肺のなかにはいりこんでくる。
ここが、「全てのイキモノが行く場所」なのだろう。最初はそう思った。
そっと両目を開いてみる…そこに何があるのだろう?
うっすらと開いたその瞳が映したのは、不思議な光景だった。
『…』
そこは、朱(あか)い空間だった。
ほのかな朱(あか)を溶かしこんだような、透明な空間の中に、エルレーンは浮かんでいた。
そしてその周りを取り囲むように、何十、何百、何千、何万もの…手のひらほどの大きさの、白い星のような光が散りばめられている。
『…これは…』
ふと、右手を伸ばし、手近に浮かぶそのうちの一つに触れてみた…と、その途端だった。
『?!』
その光が一気に広がり、視界を焼いた。
そして、その光の中からある情景が目の前に広がっていく…
『…え?!…これ…』
そこは、何かのコックピットのようだった。いつのまにかそのコックピットに、自分が座っている。
自分の手はパイロットスーツのようなものを身につけている。
自分の顔を、ヘルメットのフェイスガードが半分覆っている…そこを通して見えるコックピットは、どこかで見た事があるものだった。
それは、イーグル号のコックピットだった。
モニターには、ジャガー号に乗るハヤト、ベアー号に乗るムサシの顔が映っている。
『ハヤト君…ムサシ、君…?!』
そのときだった。モニターから回線が割り込みで入り、女の声が響く。
「…トカゲじゃ、ないわよ」
それは、まぎれもない自分の声だった。
『…?!』
エルレーンが驚く間もなく、ムサシの声が聞こえる。
同時に、急に困惑するような感情が胸に込み上げてきた。まるで、「その時」を追体験するかのように。
「…えっ?!…い、いま、誰かなんか言った?」
「俺じゃないぜ」
ハヤトの声。
「俺でもないぞ」
自分の口が、まるで自分のものでないように動いたように思えた。だが、その声は自分のものより、幾分低い。
「私でもないけど」
ミチルの声。そして、また、あの声。
「…うふふ。…私。私よ…巴・武蔵…君?」
「?!だ、誰だ、テメエ!!」
そして画像回線。手近のモニターに映し出されたその姿は、やはり…
「!?」
「えっ…?!」
「な、何ッ?!」
「…お、俺?!」
また、自分の口が勝手に動く。だが、それは「リョウ」のセリフだ。
強烈な困惑が嵐のように巻き起こる。息苦しくなるようなその感覚。
「り、リョウ?!」
「ちっ…違う!俺じゃない!」
「そ、そんなことわかってる!問題は、何でリョウが…」
「違うわムサシ君…こ、この人、女の人だわ!」
「…そうよ。私のオリジナルは…男性らしいけど、ね」
「オリジナル…だと?」
「…ふうん。あなたが…流…竜馬……リョウ、ね?」
モニターの向こうで、自分が笑う。「エルレーン」が笑う。
「…ああ」
「…私は…私は、エルレーン…ゲッターロボとゲッターチームを滅ぼすために作られた、流竜馬のクローン」
「!!」
『…!!…くっ!』
そのセリフを聞いたと同時に、思いもよらないほどのショックが襲った。
そのショックの大きさに、思わずエルレーンは手を引いた…
その光から手が離れると同時に、その情景は彼女の目の前からすっと消えうせる。
…そして、また朱い空間と星の海が戻った。
『…はぁ…はぁ…』
今目の前で起こったことに戸惑い、乱れた呼吸を整えようとするエルレーン。
だが、その光景がなんなのかは明白だった…
自分とゲッターチームがはじめてであったときの「記憶」だ。
『…』
気を落ち着けた彼女は、恐る恐る別の光に触れてみる…
また、そこから光が溢れ出し、エルレーンを一気に飲み込んだ。
すると、そこは一瞬で夕焼けの差し込む部屋になる。
『…』
そこは、どこかの建物の一室らしい。
…ハーモニカの音。見ると、ハヤトが窓際に腰掛け、ハーモニカを吹いている。
…後ろを振り返ると、三段ベッドの一番下に、ムサシが寝転んでいる。
「…リョウ〜、なあ、まだ怒ってんのか?」
ムサシがおずおずと、自分に向かって話し掛けてくる。
「…当たり前だろ!…お前ら、本当にちょっとどうかしてるんじゃないのか?!」
今度は怒ったような口調で、ぴしゃっとそれに言い返す。
むかむかするような感覚が同時にわいてきた。
でも、それは自分の言葉や感覚ではない。
それは、「リョウ」のものだった。
「…でも、オイラ…あいつが本当に、悪いやつには思えないんだよ」
「ムサシ!」
「…リョウさんよ、そんなにカッカしなさんな」
ハヤトが後ろから茶々を入れる。
そのセリフにムカッとした怒りが湧く。きっとハヤトを睨みつけ、怒鳴りつける…
「お前たち!…ゲッターチームの一員としての、自覚が足りないんじゃないのか?!
…あの女は、エルレーンは…恐竜帝国の敵、俺たちの敵なんだ!…そんなやつに、どうして会ったりするんだ?!」
その言葉を発しながら、自分ではどうしようもない憎悪が生まれてくるのがわかった。「エルレーン」に対しての…
「だ、だけど、オイラ…あいつは、話せばわかる奴だって思ってる。だって、あいつは…『人間』じゃねえか!
もしかしたら、こっちについてくれるかも…」
慌てたようにムサシがいう。
だがさらに続けて言った。
「そんなはずあるかよ!…いいか、俺は絶対認めない。…俺は絶対、認めないからな!」
それ以上聞くのに耐えかねた。だから、手を引いた…
と、途端にまたその情景が消える。気づくとまた、星の海の中に一人浮かんでいた。
『…そうか、ここは…』
ようやく、エルレーンにもわかった。
この空間がなんなのか、そしてここはどこなのか。
『ここは…リョウの…こころの、中…』
小声で、そうつぶやいた。
自分を取り巻く無数の星は、それ一つ一つがリョウの記憶。
そしてその記憶の星が漂うこの朱い空間は、リョウの精神そのものなのだ。
そこまで思いが至ると、ようやく彼女は理解した。
この空間が、何故それほどまでに心地いいのかを…かつてリョウに触れたとき、数回感じたあの奇妙なまでの一体感。
…この空間では、その一体感を全身で感じることができる。
『…でも、どうして…私、ここに…』
自分は何故ここにいるのか、その疑念がふっとわいて出た。
…と、あのときのことがふっとよみがえった。
光の渦に飲み込まれ、気を失うその寸前。自分の手が…
リョウの「魂」が、それでも話さずにつかみつづけていてくれた手が…すっと溶けていくような感覚を感じたことを。
リョウの手の中に、溶けていくような感覚を。
『…そうか』
ふっと彼女は微笑した。
あの時、自分はリョウの中に取り込まれたのだ。
同じモノでできた、あまりに同質なモノであったがゆえに…一つに帰ってしまったのだ。
そして、それは自分が望んだことでもあった。
『リョウ…私を、離さないで、いてくれたんだ…ね…だから、私…今、リョウの中に、いる…』
つぶやきがかすかに反響し、朱い空間の中で響く。
頬をいつのまにか、涙が流れていた。
涙でかすんだ瞳で頭上を見上げる…すると、そこには無数の光がめまぐるしく行き交う様が見えた。
エルレーンはそっとそちらのほうに向かう。重力をまったく感じない。
軽い羽のように、その身体はふわりと浮き上がる。
…そして、その光の群れが縦横無尽に行き交う、その中枢にまで到達した。
『…きゃっ?!』
途端に、背中に軽い衝撃。飛びかう光の一つが当たったのだ。
その時彼女の心の中に、それは感情のカタマリ、言葉となって入り込んだ。
<エルレーンヲオレハマモレナカッタ>
『…?!』
その言葉に、そしてそれに伴う深い罪悪感という感情に、一瞬エルレーンの胸がきゅっとしめつけられる。
その彼女の身体を、幾つもの星がかすめた。
同時にいくつもの感情、リョウの感情が…エルレーンの中で言葉となって、わが身を責める痛みとなってかたちに変わる。
<エルレーンハ、シンデシマッタ>
<オレノセイデ、アイツハアンナニクルシンデ>
<オレハ、アイツヲマモレナカッタ>
<エルレーンヲ、オレハウシナッタ…!>
『…っ!…ち、違う!違うよ、リョウッ!!』
思わず叫んでいた。
その感情はあまりに痛々しく、そして際限なく己を責めつづける呪詛の言葉だ。
…エルレーンが死んだのは、自分のせいだと責めつづける…!
(…リョウ…私に、私がここにいることに…気づいていないんだ…!)
はっ、とそのことに彼女は気づいた。
すると彼女は遥か上空を見上げ…自在に飛びかう星の群れに、リョウの「思考」に…懸命に呼びかけだした。
『私はここにいるよ!…ここにいるようっ!…リョウッ!』
必死に声を上げ、自分の存在を伝えようとするエルレーン。
だが、そのときも絶えず彼女の身体にぶち当たるリョウの「思考」の光が、次々と彼の苦悩をあらわにする。
<ホントウハ、モットハヤクニ、アイツノコトヲ…>
<オレガアイツヲクルシメタ!>
<エルレーンノトモダチヲコロシテ、ソシテ、アイツジシンマデ…!!>
『リョウ!リョーーーーウッ!!』
<ドウシテダ?ドウシテ…ヒトリデイッテシマッタンダ?!>
<オレヲオイテ、ヒトリデ…>
『ねえっ!違うよ!私、ここにいるよリョウ!…聞いてえっ!』
<エルレーン…!>
『ここにいるよ!お願い、聞いて…っ!』
<オレハ、オマエヲ>
『どうして?どうして聞いてくれないの?!…!…それとも、』
<ヒトリニシナイッテ、キメタノニ…!!>
『私のこと、…邪魔、なの…?』
ふっ、と全身の力が抜けた。
へたへたと座り込むエルレーン…叫び疲れたのか、肩で呼吸をしている。
しかし、時折エルレーンの身体に触れていく光の筋は、終わる事のないリョウの自責の念ばかりを伝えていく。
エルレーンの思いには、まったく気づかないまま。
『リョウ…私、ここに…いるよ…』
ぽつりとつぶやくエルレーン。
ぎゅっと自分のひざを抱え、身をちぢこませた。
そうして、「思考」の流星が舞うリョウの精神の中、エルレーンの「魂」は…そのまま、じっと動かなくなった…


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