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der engere Freund des "Graf Dracula"(3)


「…ベルント」
「!…おう、ドラクゥラ!どーしたの?」
「いや…最近、忙しいみたいだからな。手伝いに来てやった」
「あー、そうなの?!いやぁ、助かるわ!」
軍隊の仕事は、人殺し。
だが、それだけではない…
人殺しが合法的に行われるこの戦場で、人殺しではない仕事を黙々とこなす者たちがいる。
例えば、それは軍医。看護師。
そして…ベルント・レーマン大尉率いる一団のような、輸送補給部隊。
戦場の片隅に設置された野戦病院、そこに食料や医薬品、医療器具を運ぶ彼のもとに、今日は思いがけない客がやってきた。
それは、ミヒャエル・ブロッケン大尉…
中央勤務の彼が、何故突然レーマン大尉を訪ねてきたのか…
その理由を問うと、彼は…いつもの無表情気味の顔に、少しばかりの微笑を浮かべ、こんな殊勝なことを言ってきた。
何故、急にそんなことを思い立ったのか、まったく意味不明だったが…無論、そのような申し出を断る必要性もない。
人手はいつだって足りてないのだ。
その善意を有難く受けることにしたベルントは、うれしそうに笑って…彼と連れ立ち、荷物が満載されたトラックに向かう。
「じゃ、悪いけど…ここの荷物、運ぶの手伝ってもらえる?」
「…わかった。…しかし、物品の搬入くらい、部下に任せればいいんじゃないのか?」
「なぁに言ってるんだ、それだけじゃ人手が足りないからやってるんだろ?!…よっ、と!」
そう言いながら、薬のアンプルが満載された段ボール箱を一つ担ぎ出し、ミヒャエルに押付けた。
一瞬、きょとん、としたミヒャエルだったが…さりとて文句も言わず、苦笑を一つ浮かべると、素直にそれを運びはじめた。

「いやー、おかげで早く仕事終わっちゃったよ!ありがとなー!」
「いや…」
満面の笑顔で礼を言うベルントに、軽く首を振るミヒャエル。
加勢が一人増えたことで、作業は随分早く終わった。
故に…部下たちを前に、ベルントが底抜けに明るい声で、こう宣言する。
「よっし、そんじゃ、お前ら!そうゆうわけで、今日は早めに解散だーッ!」
「よっしゃあああああ!!」
「ありがとうございます、レーマン大尉〜!」
「はっはっは、よきにはからえ〜!さあ、何処とでも好きなところへ遊びに行っちまえ〜!」
「大尉殿はどうなされるのでありますか?!よければ、我々と一緒に…」
「いや、俺は…せっかくドラちゃんが遊びに来てくれたしな!お前ら存分に楽しんでこい!」
「…はい!」
歓声を上げる部下たち。ベルントも、笑って応じた。
一人の部下の問いかけに、笑ってこう答え…気安げに、肩など叩いてやる。
ベルントの部下たちは、口々に彼にしゃべりかけてくる。
その一つ一つに、あの人好きのする笑顔を向けながら、答え返す。
そんな光景を、ブロッケン大尉は…そこから、少し離れた場所で見守っていた。
嫌でも、わかる。
ベルントの部下、その誰もが…この明るくて飾らない上官に、好意をもっていることが。
誰もが彼に言葉をかけたがる。彼の言葉と笑顔を期待して。
だから、めいめいに何処かへ向かう彼らを見送るにも、結構時間がかかった。
随分としばらくしてから、ようやく自分ひとりになって…ベルントは、ミヒャエルのもとにやってきた。
「…」
「さぁて、待たせたな!…って、お前は、仕事のほうはいいのか?」
「ああ。適当に済ませてきた。…お前、部下どもからえらく気に入られてるんだな」
「そうか〜?まあ、あんなもんじゃねぇの?」
「…」
そんなことを言いながら、ぽりぽり、と頭をかくベルント。
更なる言葉を重ねることこそしなかったが、ミヒャエルはそのかわりに…穏やかに、微笑んだ。
彼らは、皆ベルントが好きなのだ…
この、明るくて、何処かとぼけていて、誰にでも気のいい…太陽のような男。
太陽の光はまぶしくて明るいから、惹きつけられる。
そう、きっと彼の部下だけではない、それはおそらく誰もが…
そうだ、…この、自分のように。
…ただ、そのことに本人はまったく気づいていないようだが。
と…その太陽のような男が、これまた太陽のような笑顔を全面ににぱあっ、と浮かべ、わざわざ自分を訪ねてきてくれた友に、ご陽気に誘いかけた。
「ま、それじゃ…さっそく乾杯といきますか!」

「…ストレートフラッシュ、だ。お前は?」
「…ああ〜ッ、もう!」
得意げにテーブルにひろげられたミヒャエルのカード。
扇状に並べられたその5枚のカードは、見事な役を作っていた。
…対して、ベルントのカードは、無役。
いらだちのあまり、ぱしっ、とカードをテーブルに叩きつける。
ここは、立ち並ぶテントのうちの一つ。兵士たちのテント。
簡素なテーブルの上、並べられるのは二杯のジョッキ。
向かい合うのはベルント・レーマン大尉、そしてミヒャエル・ブロッケン大尉。
繰り広げられるのは、ヒマつぶしのお約束…カードゲーム、それもお決まりでポーカーだった。
しかし、その結果はといえば、それはそれはもう圧倒的に無残なものだった。
連戦連勝のミヒャエルに対し、ベルントはツキというモノに見放されているのか、一度たりとていいカードが来ない。
…十回以上ゲームをやっているのに、一度たりとも役が出来ないのはどういう訳だ?!
対して、ミヒャエルは…余裕なのか、悔しさ目いっぱいのベルントに向かい、からかい混じりの言葉すらかけてくる。
異様にやさしげな口調が、かえって意地悪だ。
「また俺の勝ちだな。と…お前、チップがもうないぞ」
「う、うぐぐ…」
「どうする、ベルント。お前、負けた分どうするんだ?」
「ぐ、ぐぐぐ…畜生、何で、お前、そんなヒキが強いんだ?!信じられねぇ!」
「…ふふ、っ」
「!…な、何だ、お前…」
と、いきなり、破顔一笑。
対面に座るミヒャエルが、微笑った。
「ははは、ふふ…あっはははは!」
「?!…ど、ドラクゥラ?!」
「はは、っくく…かわいそうだからもう勘弁してやるよ、ベルント!」
「?!…は、はぁ?!」
だが、その微笑はどんどん度を越していき、やがてその場に響く明るい笑い声になる。
けらけらと、心底おかしそうに笑う。少し年より幼く見える、笑顔で。
ミヒャエル・ブロッケン大尉のその笑い声は、驚くほど毒気がなかった。
それこそ、普段彼の周りにいるものは一度も聞いたことがないタイプのものだ。
そうだ、彼は…ミヒャエルは、普段こんな風に笑わない。
彼が普段その顔に浮かべるのは、冷笑、憫笑、嘲笑。
見る者のこころを凍てつかせ、いらつかせ、むかつかせる類の…
だが、この「ドラキュラ伯爵」は笑っている…
近所の悪ガキとつるんでくだらないいたずらの作戦会議をして笑う、少年のように。
「…」
「?!…あ、ああー?!」
哄笑を止めると、ミヒャエルは再びカードを配り始めた。
ただし、今度は配るその動きを非常にゆっくりと、ゆっくりと…
そして、はじめっから表を向けて。
はじめはそれをいぶかしげに見ていただけであったベルントだったが、その配るカードが三枚目ほどになるにつけ、ようやく彼も理解したらしい。
驚愕が一気に彼の顔に浮かび、すっとんきょうな声をあげる。
交互に配られていくカードは、三枚目にしてようやくそれを彼に気づかせた。
自分に配られたカードは…スペードの2、クラブの9、ダイヤの7。
あまり勝負展開に期待の持てなさそうなカードだ。
だが、それに対して、ミヒャエルの側のカードは…ハートの9、ハートのK、ハートのQ。
この調子でいくと、次に配られるカードは、ハートのJかハートの10に違いない。
ロイヤルストレートフラッシュになりそうな…いや、そうなるべくして配られているカードなのだ。
まるで小馬鹿にするかのように、種明かしをするように…ゆっくり、ゆっくりとカードを配っているミヒャエル…
彼の右手は、左手に握ったデッキ(カードの束)から、カードを取って配る。
ただし…自分に対して配る時だけは、「上から二枚目の」カードを取っていることが、その緩やかな動きでようやく見てとれた。
「セカンド・ディール」と呼ばれる、それはれっきとした…
「お、お前、それイカサマじゃねーか!」
「あっははは、お前…鈍すぎだな!今までちっとも気づかないんだもんな…少しは疑えよ!」
「い、イカサマしてる奴が言うことじゃねー!チップ返せこのペテン師!」
「ふふ、あはは…!」
相当ツボに入ったのか、涙すら浮かべながら笑い続けるミヒャエル…
顔を真っ赤にして抗議するベルントが余計におかしいらしく、その笑いの波はなかなか収まらない。
「ああ、面白かった…久々だ、こんなに笑ったの」
「ああ面白いですかそうですかそうですか!」
「ふふ…!」
「まったく、何てタチの悪いお貴族様だ!どーゆうしつけを受けてきたんだっつうの!」
「まあ、負けた分はきっちり払ってもらうぞ。もう一杯追加だ」
「…『追加だ』、じゃねえええ!イカサマで勝った分の権利を堂々と主張してんじゃねぇの!」
ベルントの渾身のツッコミも意に介さず、ジョッキを傾け…いたずらっぽい笑顔を見せるミヒャエル。
…と、その笑顔が、ふっと真面目なモノに戻った。
その突然の変化に、ちょっとベルントは驚いた。
…ミヒャエルが、再び口を開いた。
「ベルント」
「何だ?」
「お前…ここでの勤務、自分から希望したそうだな」
「ああ、そうだよ?」
急に、真剣な目をして聞くから。
ベルントも、自然真剣とならざるをえなくなる。
何故そんなことをいきなりきいてくるのかわからないが、ともかく…ベルントは、真正の答えを返した。
だが、ミヒャエルは、それに飽き足ることもなく…なおも深い答えを求める。
「何故だ?」
「何故だ、って…」
「お前はちょっと見にはアホだが、実際仕事は出来る奴だ。
どんな無能な奴でもできる輸送補給任務なんかより、もっとお前の能力を生かせそうなところは他にあると思うが」
「…それ、一応褒めてくれてるんだよな」
「答えろよ。何故だ?」
「…」
ミヒャエルは、話題をそこから外すことを許さない。
重ねて問いかけるミヒャエルに、ベルントは少し困ったような微笑を見せてから…一旦、大きく息をついた。
「…あー…何てぇか、」
軽く、鼻の頭をかく。
どう言葉にしていいものか、少し迷ったが…結局、ストレートに、こう口にした。
「何てぇか、俺…この仕事、好きなんだ」
「好き…?」
「ああ」
こくり、とうなずく。
「野戦病院とかにさ、薬とか運んでくだろ?…そのついでにさあ、そこに入院してる奴の欲しがってたもんとか持ってくんだ。
本とか、雑誌とか…後、ナイショだけど酒とか。医者の先生サマにもおすそ分け持ってったり」
照れたような、だがうれしさが押さえきれない、誰かに伝えたくて仕方ない…そんな顔をして。
ミヒャエルは、そんなベルントから目を離さない。
じっと、聞いている。何かを、探るように。
「…あ、もちろん、こっそりとだぜ。上にばれたらうるさいからさあ」
少しばかり、ばつの悪そうな顔を作って見せてから、ベルントはそんなことを言った。
そうして、その表情は、またやさしい微笑に戻る…
…やわらかな、春の日差し。
そうして、太陽のような男は、何処か夢見るように、回想するかのように…少しだけ遠い目をして、こう言ったのだ。
「そうしたらさあ、そいつら…喜んでくれるんだ」
「喜ぶ…?」
「そうだ。喜んでくれるんだ…」
「…それだけ、なのか?」
「ああ」
不思議そうに、一回だけ瞳をまたたかせたミヒャエル。
彼の、半ばぼうっとした問いかけに…ベルントは、確信と自信を持って、うなずいた。
「それだけ、さ。そんでも、俺にとって…その、『それだけ』が、何より大事なんだ」
「…」
そして、にかあっ、と、笑って見せる。
それは、すごい、ものすごい笑み。
鬱の際にある者のこころをも、明るいひなたに引きずり出すような…そんな、光を放つような、どうしようもなく陽性の笑み。
ベルントそのもののような、太陽のような、それはものすごい笑みだった…
その光に当てられたのか…しばし、ミヒャエルは、何も言わぬまま。
もしくは、何か考え事をしているのか…ともかく、何も言わぬまま。
呆けたように、ベルントを見返していた。
…間。
がたん、と、木の椅子が硬い音を立てた。
テーブルに、長い影が落ちる。
急に立ち上がったミヒャエルの身体が作る影。
「…」
「!…ドラクゥラ?」
「帰る」
「?!…お、おい、ちょっと待てよ!何でまた、いきなり…」
「ふん…お前、アホだな」
「にゃ、にゃにおう?!」
「ああ、アホだ」
突然のミヒャエルの行動に、慌てるベルント。
何が気に喰わなかったのか、いきなり「帰る」と言い出し…おまけに、「アホだな」とまで言ってきた。
そんなミヒャエルに困惑したり怒ったりと忙しいベルント、彼のころころ変わる表情を、何故か穏やかな笑顔で見つめながら…
ミヒャエル・ブロッケン大尉は、次に…ぽつり、と、こうつぶやいた。
ささやくように。
「だけど、よかった。それを聞けて」
「…へ?」
「お前がこの仕事、嫌がっているようなら…何とかして、俺と同じ中央勤務に連れ帰ろうと思ってたんだが。その必要はなさそうだ」
「…ドラクゥラ」
その言葉を聞いて、やっとベルントも理解した…
ミヒャエルの、唐突な訪問の理由を。
ミヒャエルの、唐突な質問の理由を。
そう、この男は…自分を、連れ戻してくれるつもりだったのだ。
戦場から戦場を巡る危険な輸送任務から、そのような直接の危険の少ない、中央勤務へと。
確かに、中央勤務とはいえ、戦況次第で何処の戦場に飛ばされるかわかったものではないが…少なくとも、今よりは安全といえるから。
…だが。
ベルントの胸を、不可思議な感慨が埋めていく。
だが、何て似合わないことだろう…
何て似合わないことだろう、「ドラキュラ伯爵」の二つ名を与えられた男にしては!
何て「トモダチ」思いなことだろう、「ドラキュラ伯爵」…!
目の前に在る彼の「トモダチ」は、穏やかな笑顔で、自分を見つめている。
自分の戸惑いと感謝の入り混じった視線に、彼特有の薄い笑いを返して。
その口が、もう一度罵倒の言葉を紡いだ…
敵意も悪意も全然含まれない、むしろ親愛の情。
「ベルント。お前、本当にアホだな」
「あ、アホアホ連発するな!」
「だけど、」
くっ、と、ミヒャエルの唇の端が持ち上がる。
「…悪くない」
その短い一言を、最後に落としていって…ミヒャエルは、テントから姿を消した。
はさり、と硬い衣擦れの音を立て、彼は去った。
「…」
「れ、レーマン大尉。あ、あの人って…」
「確か、あの…ど、『ドラキュラ伯爵』…」
「ああ」
と、ミヒャエルの姿が消えた途端、今まで遠巻きに見ていた男たちが、恐る恐る…ベルントに向かって、問いかけてきた。
今の今まで、レーマン大尉と親しげに会話していたのは、本当に…あの、悪名高い「ドラキュラ伯爵」なのか、と。
ベルントは、うなずく。
ジョッキを傾け、またビールをあおってから、こう楽しそうに彼らに向かって、言い返した。
「面白いだろ?とっつきにくいけど、結構…『トモダチ』思いなんだ、あいつ!」
「え、ええ…?!」
ベルントの言葉に、当然のことながら困惑する彼ら。
今まで自分が伝え聞いてきた、あのミヒャエル・ブロッケン大尉の風評と、あまりに違いすぎるベルントの観点に…
が、ベルントは、彼らの反応など何処吹く風だ。
何故なら、彼はもう知っているのだから―
あの「ドラキュラ伯爵」の、それとはまったく違った、また別の表情を…




「面白い奴なんだぜ、ドラクゥラ…!」