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落下傘部隊の憂鬱






空挺兵(くうていへい、英語: paratrooper)とは、主に空挺部隊に
属しパラシュートやグライダーなどで降下し、敵地の後方かく乱や
要衝の制圧などを任務とする歩兵の一種。降下展開後は軽歩兵と同様である。空挺隊員、挺進兵、落下傘兵とも。
(Wikipediaより)





「…以上の小隊は、明後日に控えた光子力研究所制圧作戦において、パラシュート部隊を組む」
(え…ッ?!)
総帥・ブロッケン伯爵がそう結んだ言葉を聞いて。
鉄十字軍団が一人、エーミルは思わず絶句した。
彼が読み上げたパラシュート部隊に指名された小隊、その中には紛れもない自分の所属隊もあったのだ…
「それでは、各隊、出発に向けて準備を整えろ。…解散!」
ショックのあまり、くらくらする。
伯爵のセリフなど、もうよく聞こえもしない…
解散の命令と同時にまわりがざわつきだすも、エーミルの耳には届いていない。
隣に立つクリストファー、通称クリスも顔が真っ青だ(いや、顔を半分以上マスクで覆っているから、口元しかわからないのだが)。
「…お、おい、エーミル、お前も」
「ああ…と、とうとう来ちまったな、…パラシュート部隊」
そして、湧き起ってくる暗澹たる気持ち。
と。
そのまた向こうの列では、にやにやとこちらに向けて意味ありげな
目線を送ってくる奴もいる。
「へっへっへ〜、か〜わいそうになぁ、クリスもエーミルもよぉ!」
「ちっ…やけにうれしそうじゃねえか、ルーカス」
「いやぁ、てゆうかこれでお前らもあん時の俺の苦労がわかろうってもんよ」
そう言いながら、人の不幸を楽しげに噛みしめている…
実はこのルーカス、以前行われたパラシュート襲撃においてその一員だったのだが、なんと光子力バリアに当たって足をねん挫した挙句(一体どういう仕組みでできているのだろう、あのバリアは)、ボスボロットに踏みつぶされそうになって命からがら逃げだしてきた…という経験がある。
その時、あまりの間抜けさにエーミルたちはげらげら笑いまくり、後々まで語り草にしたのだが…
「ま、明後日感想聞かせてくれや!…生きてたらな!」
人を笑わば、穴二つ。
今度ルーカスの立場になる…かもしれないのは、彼らである。
笑いながら手を振るルーカスを憎々しげに見やり、またクリスはため息をついた。
「くっそ〜…あいつ、楽しそうにしやがって」
「仕方ない、クリス。…覚悟、決めようぜ」
そう、覚悟、覚悟。
何しろ、落下傘部隊は華々しい攻撃の旗手であると同時に、文字通り命懸け…
心強い機械獣もなく、要塞から戦えるわけでなく。
覚悟と度胸とマシンガンくらいしか、持っていけないのだから。


「バッキャロウ!!」
「ギャフン?!」
思いきり殴り飛ばされた痛みに、エーミルはしまらない悲鳴を上げる。
「お前、死にてぇか!何だその雑なたたみ方は!」
床に無様に転がった彼の頭上から、上官殿の激怒が落ちてくる…
ただいま、場当たり的な直前訓練を落下傘部隊に行っているのは、
鬼の指導官・アウグスティンである。
パラシュート部隊の指導において、全てをブロッケン伯爵より任された彼は、まさしく空挺のスペシャリスト。
落下傘での作戦展開に絶大なる情熱を注いでいるのだが、熱血かつ
丁寧な指導がたまにこのように行き過ぎることもある。
「いいか!いったん落下傘を収納すれば、次に開くのはお前たちが
空の上にいる時だ!」
朗々と歌うように、アウグスティンは鉄十字兵たちにがなりたてる。
エーミルのたたんだパラシュートを指し示し、如何にその収納が重要かを説く。
「下手くそなしまい方をしてみろ…ひもが絡んで、お前たちは地面にまっさかさまだ!」
「お、押忍!了解であります!」
そう、勝負は一瞬…
空中で後悔するような羽目になれば、それはすなわち数分後の明確な死である。
前回の落下傘作戦においても、パラシュートを適当にたたんでいた
愚か者が数名ほど、研究所に到着することなく地上の星と化した。
敵と戦うことすらできず、それはそれはもう情けない上に格好悪く…
哀しい後輩たちの最期を見てきたアウグスティンの、その両の目にはうっすらと涙。
同じような悲劇を繰り返してはならない…
指導官のあふれる情は、すなわち彼の思いやりそのものなのだ…
が。
「…何も、殴らなくったっていいじゃんかよ」
「貴様ァ!何か言ったかァ!!」
「あべし?!」
小声で要らぬことをつぶやいたクリス。
案の定、指導官殿の強烈な愛の鞭(飛び膝蹴り)が飛んできた。


電撃作戦ということで、実際の飛行訓練は残念ながらスキップされた。
さすが世界征服を企む悪の軍団だけあって、人権とか人材育成とか
そういうことはへったくれもないのである。
作戦当日の朝、落下傘部隊となった鉄十字兵は、四の五のいう暇すら与えられずに空中要塞グール・格納庫に押し込められた。
そして、しばらく空白の数十分…
多くの兵が詰め込まれているにもかかわらず、驚くほど静かだ。
地獄城でしているようにトランプをして遊ぶ者も、昨日見たテレビ番組の話をする者もいない。
これから、戦いに…もしくは、死ににいくのだから。
エーミルも、クリスも、黙ったまま、床に座り込む。
…そして。
ざざっ、という雑音で、数百の目が一斉に天井のスピーカーに向いた。
「…間もなく、光子力研究所上空…降下準備せよ!」
「!」
ブロッケン伯爵の命令―
ついに来たのだ、その瞬間が!
「さあ…」
アウグスティンが、厳かに。
立ち上がり、パラシュートザックを背にした鉄十字兵たちに、告げる。
戦いの合図を!
「行くぞ、我が勇敢なる落下傘部隊よ!」
彼の宣言に従い、格納庫の底面に備え付けられた扉が開いていく…
ゆっくりと開くその空間から、強烈な風が吹き込んでくる。
寒々しいその凍てついた空気に、エーミルはぶるっ、と身を震わせた。
いや違う、寒いだけじゃない怖いのだ、
地上から離れ、こんなにも高く空高く…
地面を踏みしめ生きる人間として当然の恐怖が、すさまじい勢いで吹き上がる。
開いていく口に近づき、おずおずと覗き込む…
そこには、白い雲に飾られた緑、緑、緑…
そしてそこにぽつん、と見える人工的な建物、あれこそが攻撃目標・光子力研究所だ。
…どおおん、という、鈍い音を最後に。
今や、完全に扉は開いた。
しかし、その淵に立っていても…誰も、まだ、飛ばない。
ふんぎりがつかないのか、それとも誰かの英断を待っているのか。


「エーミル、俺…い、言ってなかったことがあるんだ」
「何だ」


と。
隣に立つクリスが、口を開いた。
ごおごおと鳴る風の音が、彼のセリフをかき消していく。
「俺…実は、こ…」
石化したかのごとく、直立不動で地上を見下ろすクリス。
痛いほどに握りしめられたその拳が…震えている。
クリスの強張る舌が、ぶるぶるとわなないた…




「高所恐怖症なんだ」
「…え、」




友の、思わぬ告白に。
エーミルが驚きの声を上げようとした…
その刹那。


「そらァ!行け行けぇ、がっははははははは!!」


アウグスティンの豪快な喝入れ(というより、尻に蹴りも入れた)と同時に、彼らは強烈な風圧と重力を全身に感じた。




「ぎゃあああああ〜〜〜〜〜ッ!!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛〜〜〜ッ?!」




流星のように、尾を引いて。
鉄十字兵が、空に散る。
若者たちの悲痛な絶叫が、これまた長く長く尾を引いて流れていくのだった…




さあ、わかったかな?
第四十三話などで見られる、彼ら落下傘降下部隊の苦労、ってやつが。
もし君たちが、空中要塞グールより飛来し研究所を襲うパラシュート部隊を見たら、どうか思い出してほしい…
鉄十字軍団パラシュート部隊の、栄光に隠れた汗と涙を。




2011年トツゲキ一番様の冬冊子に載せていただいたゲスト原稿です!
正直、高所恐怖症の私がアレやらされたら、たぶんちゃんと落下傘開けずに墜落すると思いますwwwwwwwwwwwwwwwww