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日陰者の行進


「続けろ」
「え、…ああ、えっ、と…」
突如返ってきた言葉に、鉄十字兵は一瞬口ごもった。
「あの…私はただ単に、こいつはちょっと面白いなと思っただけで」
「構わん」
が、言い訳みたいにもごもごと呟いた言葉に、さらに伯爵は先を促してくる。
「我輩も面白く感じた。続けろ」
「は、はあ…」
己の首を己の腕に抱えた、深緑の軍服に身を纏った男。
醜い異形。恐ろしいバケモノ。
ブロッケン伯爵は、にやり、と薄く笑み、低い声で言った。
「…実に、面白い」


光子力研究所に潜入した鉄十字は、マジンガーの秘密、ひいてはジャパニウムの真実を得るため、所員に変装し研究所に紛れ込み、スパイ活動を行なっていた。
しかし、その日彼が行なった定例報告には、たいした発見もあらず…むしろ無駄骨といった方がよかった。
申し訳程度に、下らない研究所内の日常描写を付け加えた程度で。
だが、伯爵が喰いついたのは、まさにその日常描写だった―


兜甲児が弓さやかと大げんかをする。
発端はくだらないことだったらしいが、どちらも気性が荒いせいか、そのうち派手な掴み合いにまでなった。
その場に居合わせた友人のボスもさやか側に加わって、てんやわんやの大騒ぎ。
と、そのけんかの最後、兜甲児が悔し紛れに吐き捨てた…
「はん、機械獣もろくに倒せない弱っちいアフロダイにボスボロット!まったく似合いの二人だよ、お前らは!」



それだけ。それだけの、よくありがちな日々のひとコマ…
その中に、ブロッケン伯爵は見出したのだ。
勝機につながる、確かにあるほころび―



「伯爵、上手くいくんでしょうか?」
真っ蒼な空の下。
新たな機械獣・ガンビーナM5を従え進軍するブロッケン伯爵に、部下の一人が問うた。
「ああ」
伯爵は、断言する。
「しかし、奴は兜甲児の親しい友人のはず…そんな簡単に」
「友人だからこそ、だ」
しかしなおも信じがたい、という表情の鉄十字兵にこう答える。
「その名のもとに踏みにじられた怒りは、目に見えぬ奥底でたぎっているものだ」
「…?」
そう。兜甲児は、あの正義の勇者様は、うかつなのだ。
知らないのだ。
才無き者が、幸運与えられぬ者が、お前に向ける目を…



「ふっ!はあっ!」
だだっ広い荒野に、大暴れするロボットの姿。
「へへへ、調子は上々…」
コックピットの中、満足げに息をつく男…
彼こそがボスと呼ばれる、このボスボロットの主。
スクラップから作り上げた自慢のロボットで、戦闘訓練…いや、彼言うところの「武者修行」を行なっているのだ。
迫り来る脅威にも気づかず…
「あの馬鹿ロボットはどうした」
「はっ、あそこに!」
飛行要塞グールが、遥か上空から道化たロボットを見下している。
ブロッケン伯爵の見るモニターの中に、ひとり素振りだのシャドウボクシングだのとせわしない動きをする馬鹿ロボットが映る。
「ガンビーナを射出しろ」
伯爵の命令。と、同時に、振動とともにグールの射出口よりそれが放たれた―
ふっ、と視界が暗くなる。
落ちてきた影に、ボスは自分以外の気配を感じた。
「…?」
振り返ったボス、彼が背後に見たのは…
奇妙な二本の鞭を頭上に備えた、巨体の機械獣!
「で、出たーッ!」
驚愕するボスの絶叫がそこら中一帯に響き渡る。
だが伯爵は間髪いれず命じる、
「ガンビーナM5、催眠光線を徹底的に浴びせるのだ!」
腹に顔を持つ奇怪なロボットが、その指示に従いすかさず四方八方に放ったのは…ある一定の揺らぎを持った念波!
強制的に人の精神活動レベルを下げ、逆らうことをも封じ、そして教条を刷り込むのに都合がいい状態にする催眠光線…
果たせるかな、悲鳴すら上げる間もなく、ボスの意識は暗黒に落ちた。
「…お前がボスだな」
立ち尽くすボスボロット、そして静まり返った様子を確認し、伯爵が口を開く。
静かに、あくまでも静かに、伯爵は語りかけた。
ボスは素直にうなずく。
眠りに近い状態の中で、抵抗することもあたわずに。
「『ボス』と言えば…男の中の男のことだ」
またも、うなずく。
かすかにその顔に笑みを浮かべたのは、彼なりの自負のあらわれなのだろうか…
だが、次の瞬間。



「嘘をつけ!お前はボスじゃない!」



一喝。
ボスが伯爵の宣告に打たれ、びくっと跳ね上がる。
催眠光線の雨の中、伯爵は言う。歌い上げるように、語りかける。
遺恨を煽る。怨嗟を煽る。
「お前は弱虫だ。お前は兜甲児に馬鹿にされた。
それなのに何も手出しできなかった。
そんなお前がボスであろうはずがない!」


そうだ、糞餓鬼よ。
お前は兜甲児に助力してきながらも、それでも蔑まれてきた。
お前が身体を張ってきたことすら、兜甲児はただの馬鹿扱いしてきたのだ。
そしてお前の誇りすら蔑ろにされた、さぞそのはらわたが煮えくり返っていることだろう?


伯爵の飛ばす檄が、ボスの精神を揺さぶる。
「自分のロボットを兜甲児に馬鹿にされたのだ、
それでも黙っているつもりか!」
わんわんと頭蓋骨の中で反響する。ボスの思考が迷走する。


そうだ、兜甲児は。
兜は俺の作ったボスボロットを「スクラップをつぶしているのがお似合いだ」と言った。
さやかの前で恥をかかせて、挙句の果てには大声で嗤いやがった。
脳裏にフラッシュバックする、あの屈辱の数々。
嗚呼、何故俺は、ここまでにされていて、何故奴を…!


ぎしり、と、硬い音をたてて、きしる噛み締められた歯。
尖る目、強張る表情、怒りがボスの顔を紅潮させる。
「…くそッ、兜甲児の奴を殺してくれる…ッ!」
ボスの目が澱む。恨み憎しみで黒く澱む。
催眠光線が彼の網膜を焼き、視神経から脳を貫き、理性を食む。
聞こえるのは、ブロッケン伯爵のささやく声。
今度はまるで励ますように。称えるように。
「そうだお前は強い誰にも負けやしない、
お前だけが兜甲児を殺しマジンガーを倒すことが出来る。
そしてお前が光子力研究所をのっとるのだ…
それでこそお前を男の中の男、ボスと呼ぶことが出来るのだ!」
彼の奥底に沈んでいた暗い欲望を、燃え上がらせるように…!
「…」
ぐらり、と、ボスの頭が、上下した。
催眠に浸りきった人間が示す、それは肯定の意。
「俺は男の中の男、ボスだぞ…」


ここに至り、ボスはついに…ブロッケン伯爵の操り人形と化した。


―にやり、と、冷たい笑みが伯爵の唇に浮かぶ。
催眠光線の助けはある。
だが、これほど容易く事が運んだのは、何よりもこの馬鹿の心中。



そうだ。
お前は、兜甲児を憎んでいたのだ。
本当は憎んでいたのだ、お前をせせら笑う正義の勇者様を―!



「行くぞボス!兜甲児を倒し、マジンガーを倒すのだ!」
「はい!ブロッケン伯爵!!」
完全に術中に落ちたボスが、意気揚々と伯爵の命に従う。
ボスボロットが歩みだす。光子力研究所に向かって、真っ直ぐに。
マジンガーを滅するために。
彼をせせら笑った、兜甲児を滅するために。
その光景を見下ろしながら―
くく、と、伯爵の喉から乾いた笑いが漏れた。
あまりに思い通りで、涙が出そうなくらいだ。



哀れな糞餓鬼。哀れなボス。
嗚呼。ほら。見ろよ。
正義の勇者様よ、見ろよ。
お前が誇らかに胸を張っているその下に、無碍に押しつぶされた者がいるじゃないか。
強く、正しく、自信に満ち溢れたお前にはわからないだろう。
気がつかぬうちに他者より遥か秀で、
そしてそれを当然のものとして受け止めているお前には。



―嗚呼。
だが、だからこそ。
だからこそ、お前は弱い。



少しばかり手を加えれば、お前の足元は崩れ去る。
お前を支えていた者が去る、お前を捨て去る。



「さあ、行くぞ」



行こう、名も呼ばれぬ者よ。
輝かしい賞賛浴びることもない、
英雄を支えながらその威光を得ることすらできぬ者よ。
影よ。陰よ。英雄の影よ。
日陰者の凱旋を、今こそ始めよう。




これは何年か忘れましたが、トツゲキ一番様の同人誌に載せさせていただいたゲスト原稿です!
このSSは、第49話『発狂ロボット大奮戦』から元ネタを取っています。
マジンガーZはあまりにも「一強」として強調されているため、仲間のアフロダイやボスボロットは「ただの時間稼ぎ」「コメディリリーフ」扱いとなっている…
その構造は、さやかとボスに過酷でした。
(ゲットマシンをそれぞれ三人で操縦するゲッターロボとはその点で大きく違う)

何故かと言うと、それは甲児の態度そのものにあります。
彼は非力なマシンで戦う二人を、はっきりと見下しているからです。
それは彼の発言からはっきりと感じ取ることが出来ます↓
第8話「女一人で何が出来るかやってみればいいさ!」
第62話「間抜けというか、ドジというか…似合いのスカタンコンビだねェ!!」
「ボスボロットはマジンガーのケツでもなめてりゃいいの!」

まあ、ずっと年上で目上の人間も呼び捨てする人ですから、
もともとそういう気質なんでしょうが(第15話「おい、せわし、のっそり、もりもり!」)。

この点は、ずっとずっと私の心にひっかかっていた部分です。
甲児は、二人の存在に甘えていたのではないでしょうか。
ならば彼らの感情を思いやってほしかった、ヒーローなら…
そんな思いを込めて、書いてみました。