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Zwei silberne Ringe, ewige Liebesbande(1)


シャワーを浴びた全身から、水が滴り落ちる。
少し長めの髪からも、せわしなく水滴が零れ落ちていく。
その髪をタオルで無造作に拭い、ブロッケンは頭を上げた―
乱雑に髪の水気をとった後、今度は身体にまとわりつく水を拭い去る。
流れ落ちる水は、複雑な鉄の機構を押し包む皮膚の上をつたって、床の上に点々と跡を為した。
あらかた身体を拭き終わると、彼の目がテーブルの上に転じる。
そこには、シャワーを浴びる前に外した装身具…それだけがぽつりと置かれていた。

それは、銀の指輪だった。
同じ銀色の鎖に通され、ネックレスにしてある。

ブロッケンの右手が、そのチェーンをつまみあげた。
空中で揺らめくリング…振り子のように揺れるそれを見つめる彼の瞳が、かすかに影を帯びた。

…ラウラ。
喉の奥だけで、小さくその『名前』をつむいでみる。
かすかに蠢いた唇は、しかしながらそれを音声には変えなかった…
一瞬、ブロッケンの瞳にわずかな色が入り混じる。
哀しみとも、憂いともつかない、そして、およそ彼らしくない感情の色―
ブロッケンは、その指輪が通されたチェーンを、再び身につけた。
素肌の上にきらめく、銀の指輪。
そして、その銀のリングとまったく同じデザインの指輪が、彼の右手の薬指にはまっている。
まったく同じ輝きを持って―






―それは、遠い遠い昔の物語。
まだ、彼が「ブロッケン伯爵」ではなく、「ミヒャエル」という一人の若者であった頃の…






…とある屋敷、その裏にある林…その中には、小さな池がある。
少年は、その池のほとりに座り込んで、ぼんやりときらめく湖面を眺めている。
彼の「名前」は、ミヒャエル・ブロッケンといった。
利発そうな顔立ちをしてはいるが、全体的に何処となくか弱そうな印象を受ける。
林は静かだ。時折、鳥たちの鳴き声が空気を揺らす以外は、本当に…
が、彼がその静けさの中に入り込んでいた、その時だった。
静寂をぶち壊しにするような、底抜けに明るい大声が…彼の「名前」を呼んだ。
「ミーヒャエルッ!」
「?!わ、わあッ?!」
そして、いきなりの衝撃。
背中から思いっきり何者かに飛びかかられたミヒャエルは、たまらず前のめりに地面に倒れこんでしまった。
その勢いでちょっぴりおでこを地面に擦ってしまい、半泣きになっている。
いきなりのしかかられて身動きの取れないミヒャエルが、何とか身体をひねってその正体を確かめようとすると…そこには、やはり彼女がいた。
「ミヒャエル!また教会いくのサボる気だったんでしょう!そういうのって、いけないんだからあ!」
「ら、ラウラ…」
大きな瞳をよりまんまるにして、いたずらっ子のようににいっ、と笑う…
きゃらきゃらと快活そうに笑っているその子どもは、彼と同い年ぐらいの女の子だった。
…彼女の「名前」は、ラウラ・シュナイダー。
ミヒャエルの生家・ブロッケン家…貴族である彼の家のメイド頭、その娘がラウラだった。
「べ、別に、僕はそんなつもりじゃ…」
ぶちぶち言いながら、何とか彼女の下から逃れようとするミヒャエル。
その様子を見たラウラは、また楽しそうにけらけらと笑って…ようやく、彼を解放してくれた。
ミヒャエルは、ふうっ、とため息をついた。
…いつもこうなんだ、僕はラウラちゃんにいっつもからかわれてばかり。
例え、親が「主人とそのメイド」というような関係であれ、子ども同士の力関係はそんなものでは縛れない。
明るくてすばしっこくて、頭の回転も速い。
おまけに天使みたいな器量よしのラウラに、いつもミヒャエルはやられっぱなしだった。
マイペースで、どうも気弱なところのあるミヒャエルが、そんな彼女にかなうはずがない。
何かといってはおちょくられては、おもちゃにされている。
…いつかは、きっと大きくなったら…ラウラちゃんに負けないようになるんだ。
彼はそんなことを思いながら、彼女と渡りあう日々を送っているのだった。
「さ、いこ?」
「…うん」
どうやら、ラウラは自分を教会に連れに来たようだ。
信仰の深い家庭に生まれ育ったラウラは、安息日ごとの教会通いを決して欠かさない。
ミヒャエルとて、そう信仰心が薄いわけではないが…どうも、教会に通うのが面倒くさいのだ。
そんなけしからぬ彼を、ラウラは連れ出しに来てくれたようだ。
彼女が迎えに来たとあっては、もうじたばたしても仕方ない…
観念したミヒャエルが素直にうなずくと、ラウラはまたうれしそうににっこりとして見せた。
「ねえ、何をお祈りすんの?」
「僕?…僕は、いつもと同じだよ」
「へーえ、何、何?」
「…ひみつ、だから」
「…何さ、ケチッ!」
絶対口を割らないミヒャエルに、口をとんがらせてすねるラウラ。
ぷいっ、と怒ったようなふりをしてみせる。
が…すぐにそんな表情は消えて、今度はまた明るさが戻ってくる。
くるくると表情の変わる様は、見ていて飽きないくらいだ…
「いい子になったら、神様はお願いかなえてくれるかなあ…私のお願い、かなえてくれるよね?」
「ラウラのお願いって、何?」
「…ミヒャエルは教えてくれないくせに、私の聞きたがるんだ?」
「!…えっ、あの、ああ…」
「…いーよ、教えたげる」
にいっ、といたずらっぽく笑ったラウラ。
ミヒャエルに向けて、とびきりの笑顔を見せる…
「私の、お願いは…」
ラウラが、大きな瞳をうれしそうにまたたかせた。
「父さんも、母さんも、マックスも!ミヒャエルも、だんなさまも、おくさまも!肉屋さんも、洗濯屋さんも、…とにかく、みんな、みんな!
…みんながしあわせになれますように、って!」
「へえ…!」
「私、いっつもこうやってお祈りするのよ。神様、聞いてくれてるかなあ…?」
「うん…きっと、聞いてくれてるよ。僕、そう思うよ…」
「うふふ…そうだといいなぁ!」
…そして、太陽のようにまぶしい笑み。
己の隣人全ての幸福を祈る博愛…神の教えに忠実なこころを持つ少女の願いは、まさに天使のごときものだった。
「じゃ、いこ?ね、一緒に行こうよ!もう母さんたちも行ってるはずよ!」
言うなり、ラウラはミヒャエルの手をぎゅっと握り、早く立つように促す。
が、手をいきなり握られたミヒャエルは…何故か、顔を真っ赤にして、もじもじしている。
「…うん」
…やっと、勇気を出して、それだけのセリフを口に出すことができた。
しかし、ラウラのほうはそんなミヒャエルの様子には無頓着な様子だ。
教会へ急ぐラウラに手を引かれながら、ミヒャエルは…また教会の中でも祈るであろう、彼の願いを胸のうちでつぶやいた。
『神様…お願いです』
ミヒャエルは、こころの中でそっと…神様に向かって、お祈りをする。




『どうか、おとなになったら…ラウラちゃんと、けっこんできますように…』




それから、さらに十年ほどの時が流れた。
あの弱気でちっちゃなミヒャエルも、心身ともに大きく成長し…いまや、たくましく、自信にあふれる若者になっていた。
それは、彼の幼い頃を知る者が見れば、まったく見違えてしまうほどに。
19歳になったミヒャエル…これは、彼が自宅の庭を散歩していたときのこと。
庭木の合間を散策する彼に、誰かが…屋敷のほうからかけてくる誰かが、大きな声で呼びかけた。
「ミヒャエルーッ!」
「!…ラウラ」
それは、同じく19歳になったラウラ…
ミヒャエル同様、彼女もまた大きな成長を遂げていた。
陽性の美と力強さ、伸びやかさとしなやかさを併せ持った、美しい女性になっていた。
子どもの頃から変わることなく、ずっとよい友人として彼らは同じ時を過ごして来たのだ…
しかし、その「友人」というポジションに…実は、一方は不満を感じ続けているのだった。
…だが、もう一方は知らぬまま。
知らぬまま…昔から変わらない人懐こい笑顔を見せて、こちらに駆け寄ってきた。
「ミヒャエル!これ食べてみてよ!」
そう言いながら、彼女は手に持った皿をミヒャエルに突きつけた。
「?…な、何、コレ?」
「…『何、コレ?』って…決まってんじゃない。ケーゼクーヘン(チーズケーキ)よ」
「ほ、本当に…?!」
ミヒャエルが思わずそう問いかけてしまったのも、無理はないことだ。
何しろ、彼女が「ケーゼクーヘン」と言い張るその物体…それは、異様な焦げ茶色をしていた。
いや、むしろ黒いとすら言っていいだろうそのカタマリは…どう考えても、うっかり焦がしてしまった(焦がしすぎてしまった)のが明白である。
「くどい!食べてみてっていってるじゃない!」
「…ハイハイ…」
ため息ひとつ、気のない返事。
それでも覚悟を決めたミヒャエルは、ケーゼクーヘンのかけらをひとつとり、思い切って口の中に放り込んだ…
…そして、瞬時に、彼は地獄を見た。
「…〜〜ッッ?!」
「?!…や…やっぱり、まずかった…?!」
あまりの衝撃にのけぞり苦しむミヒャエル。
涙目になってのたうっている彼の反応を見たラウラ、彼女は何と…ちょっぴりすまなそうに、そうのたまった。
「や、『やっぱり』…?!あ、味見ぐらいしてから人に喰わせろよッ!」
「い、いいじゃない、ちょっとくらい失敗したって…お、女の子が作ったもんなんだから、にっこり笑って『おいしいよ』っていってくれたっていいじゃないのよッ!」
「い、いや、しかし、これは行き過ぎだろう…」
「…!な、な、な、何さッ!悪かったわねッ!」
「ラウラ、お前…もうちょっと料理勉強したほうがいいんじゃないか?」
「だ、だから頑張ってるじゃない!…ミヒャエルの馬鹿ッ!」
整った相貌を赤く染めたラウラは、怒ったようにそう言ってむくれてしまった。
「な、何さ…マックスもミヒャエルも、ちょっとぐらい褒めてくれたっていいじゃない…」
「ラウラ…マックスまで犠牲にしたのか?」
マックスというのは、ラウラの五歳年下の弟だ。
ああ、どうやらこの分で行くと…彼も、同じようなえらい目にあったようである。
「ぎ、『犠牲』って何よお、『犠牲』って!」
「いや…まったくそのままだろう?」
「…〜〜ッッ!」
とうとう言い負かされてしまい、言葉を失うラウラ…
しばらく悔しそうに歯噛みをしていたが、そのうち…今度は、とたんに落ち込んだそぶりを見せはじめた。
「ど、どうせ…私なんて、ダメなんだ」
「おや、落ち込んだのかいラウラ?」
「いーよ、もう…『このままじゃ、お前、嫁の貰い手がなくなるわよ』って母さんにも言われるし…どーせ、私なんて…」
「…」
すねてしまったのか、うつむいてそんな自分を卑下するようなことを言うラウラ。
しかし、そんな表情すらかわいく思えてしまう…
いいや、そうではない。
ミヒャエルにとっては、ラウラのどんな表情も…いとおしく、そして魅力に満ちあふれているのだ。
だから、彼女を見つめるミヒャエルの瞳は…いつも、とても穏やかでやさしいものだった。
「…お前は、別にそんなことしなくったって…ちゃんと、結婚できるよ」
「…?…なぐさめてくれるの、ミヒャエル?」
「いや?…ふふ」
「…?」
不思議そうに眉をひそめるラウラを、ミヒャエルは微笑みながら見つめている…
…ああ、まったく。
内心、ミヒャエルは苦笑いした。
なんて鈍感なんだろう、この女は―
あからさまじゃないか、俺のセリフ。
それに、お前に聞こえそうなぐらい、こんなに胸の鼓動が高ぶっているのに…?
だが、そんなところも全ていとしい。
いとしい幼馴染、かわいいラウラ…
彼女に対する感情、それが友愛ではなく恋心だとはっきりと自覚するのに十年かかった。
だが、気づいてからも…彼の熱い想いは、今だ秘められたままでいた。
いつもそばにいたから、なおさらに…伝えられなくて。
もどかしいながら、どこかくすぐったいような…それでいて、悔しいような、だがそれでいいような。
そんな微妙な感覚をいつも抱きながら、ミヒャエルは…相変わらず「ラウラの友人」であり続けたのだ。
…もし、俺がお前のことを好きだと言ったら…お前は笑ってくれるだろうか、ラウラ?
ぼんやりと、そんな甘い期待を胸に漂わせたまま、彼はラウラのそばにいつも立っていた。
自分の熱い思いを彼女に告げる、絶好の機会を待ちながら―




そして、その機会は、ようやく彼らの上に訪れた。