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主将と子鬼のものがたり(7)


「…んじゃ、行ってくるな!」
「ああ、がんばってこいよ!」
浅間山、早乙女家の玄関先。
夏の早朝、すでに太陽はまぶしく輝いている。
スポーツバッグを担いだベンケイは、見送るリョウたちに笑顔で返した。
「10時からだったっけ?お前の試合」
「そうそう、一塁側だからな!」
今日は、全国高校野球選手権長野県大会の初日…
車弁慶率いる浅間学園公式野球部の第一回戦が行われる日。
「俺たちも後で応援に行くから!」
「まあ、せいぜいあっさり負けねえように粘っといてくれよ!」
「おう、任せとけって!」
ついに迎えたこの晴れ舞台に向かうベンケイに、口々に励ましの言葉をかける仲間たち。
そんな彼らににかっ、と笑って、元気よく言った―
太陽の光に照らされた、まぶしい笑み。
「じゃあ、いってきます!」

「…」
百鬼帝国、海底研究所。
少女は自室にこもったまま、コンピュータの前、椅子の上にひざを抱えて座り込んだまま、動かない。
画面にはせわしなく無機質な文字列が現れては流れ現れては流れするが、彼女はそれを見ていない。
ただ、がっくりと首を垂れたまま。
「…」
あれからずっと、考えていた。
昼が去り夜が来て、その夜が更けまた朝になっても。
答えはとうに出ていたとしても、繰り返し、繰り返し。
「…」
堂々巡りをする思惟。
それでも、少女は考え続けざるを得なかった。
いや、それは最早「思考」ではなかった。
それは煩悶。それは苦悩。それは混乱。
その中で蒼牙鬼は懸命に自分を責め、自分を罵り、自分をなじり、自分を制している。
―けれども。
「…!」
聡明なはずの少女は、とうとう…自分自身の感情すら、説き伏せられなかった。
自分の中で叫び続けているその情動は、不意に彼女を動かす。
椅子から飛び降りる。細い両脚が、床を踏みしめる。
蒼牙鬼の手が、閉ざされた扉に伸びる。
ドアを開く、少女の顔は焦燥感で満ち溢れていて。
衝動に突き動かされ、空間が広がるや否や彼女は駆け出そうとした―!
が。
「えっ」
間の抜けた声が、少女の喉から漏れた。
彼女の視界を薄暗く覆っている、長身の男の影が―
「…」
壁に寄りかかった一角鬼は、いつからそこにいたのか…
不機嫌そうに黙りこくったまま、蒼牙鬼を見据えている。
唐突な彼の出現に面喰らったものの、少女はその動揺を押し隠し…つとめて平静を装おうとした。
「い…一角鬼、何なのだ、こんな朝から」
「お前こそ、何処へ行く気だ」
が。
取り繕った少女のセリフに返ってきたのは、鞭で打ち付けるような端的で冷たい言葉。
まだ幼き少女は、その険悪な空気にたじろいでしまう。
「ど…何処だっていいのだ、お前には関係ない!」
「関係なくなんてねえッ!!」
怒号が、反響する。
びりびりと空気自体を震わせるような、痛みすら感じさせるような怒気。
「ッ?!」
びくっ、と、少女は細い肩を震わせる。
怒鳴りつけられ硬直した蒼牙鬼に、一角鬼はなおも追及の手を緩めない。
「お前、また…あいつのところに行くつもりだったんだろう、そうじゃないのか?!」
彼女の想いを見透かして。彼女の意図を見透かして。
この男は、自分をとどめるためにここでずっと待っていたのだ―
そのことに愕然となる蒼牙鬼の前に仁王立ちになって、青年は冷酷にも宣言する。
「なら、行かせねえ!絶対に行かせねえぞ!」
「い、っかくき…!」
一角鬼の瞳は、静かに燃え立つ鬼の瞳。
強い意志の光を宿したその瞳が、少女を怖じさせる。
それでも、口先で彼を退けんとする…非力な彼女には、それしかないから。
…だが。
「お、おかしいぞ、一角鬼!お前に、指図される筋合いなんて…」
「うるせえ!おかしいのはお前のほうだろうが!」
男の真っ直ぐな怒りは、少女の付け焼刃な強がりを一撃で吹き飛ばす。
見せ掛けだけの怒りなんて、本当の激情の前では、ただ散るだけだ。
「う…」
「お前…お前、頭いいんだったら自分がどうだかわかってんだろうが!
自分が、おかしくなっちまってるってこともわかってんだろ?!」
口ごもってしまった自分を見下ろす一角鬼の瞳に、揺らぎ。
責める口調が少し、柔らかくなって。
今度はむしろ、説得するようなものに変わる。
「いいか、車弁慶は敵なんだ!俺たち百鬼帝国の未来を潰す、悪なんだ!」
ああ。そうだ。そうなのだ。
だから、あいつを倒さねばならないのだ。
だから、あいつに近づいたのではないか。
「そんなあいつと会って、これ以上どうするってんだ?!
お前、自分の立場ってもんをわかってんのかよ…?!」
けれども、自分はそれを忘れた。
そのことを、自分自身も、そして一角鬼も知っている。
「蒼牙鬼、なあ…こんなこと続けてたら、いつかバレちまった時、お前…
下手したら、処分を受けるかもしんねえんだぞ。だろう?」
ああ。こいつはやさしい。あきれるぐらいに、やさしい。
こいつは、私を案じているんだ。
敵に自ら近づこうとする私を、それが露見したときに降りかかってくるだろう罰を案じている。


間違っているのは、私なのだ。


わかっている。
わかって、いる。
それなのに、ああ、
どうして、私は、
こんなにも、こんなにも、固執しているのだ?
見たいのだ。あいつの姿が、見たいのだ。
あいつが大好きなヤキュウをしている姿を見たい。
あいつはあんなにも一生懸命で、楽しそうで、輝いていて―


「!…蒼牙鬼」
うつむいた自分の視界の両端から、ぽたり、ぽたり、と、しずくが垂直に零れ落ちていく。
一角鬼の声音がひるんだのが、気配でわかった。
「えっく…ひっく…」
「…」
無様だ。これ以上もなく、情けなくて、哀れだ。
百鬼帝国百鬼百人衆が一人、天才と呼ばれ、将来を嘱望されたはずの自分が、何て様だ。
自分の誤りを知り、自分の間違いを理解し、それを仲間に指弾されながらも、
けれども、それでも、どうしても、
それをあきらめられずに、恥も外聞もプライドも何もかも放り投げて。
「い、一角鬼…お願い、だから。今日だけ、だから」
「ッ!」
泣きながら、請う。
卑怯で卑劣な手口だ。頭の悪い、格好悪い手段だ。
だが、もう自分には、それしかない。
溢れ出てくる想いを抑えきれない。
理性が感情を押さえつけきれない。
「今日だけでも、いいから…私を、行かせてほしい、のだ」
「蒼牙鬼!」
一角鬼の声が、困惑とやるせなさで染まる。
ああ、見上げるその顔が、自分に対する心配と怒りとでいっぱいだ。
わかっていて、自分は、それを踏みにじる。
今日だけは。今日だけは、自分を行かせてほしい。


「頼む、のだ…!今日は、イッカイセンの日、だから、」


「この日の、ために!…っく、あいつは、あいつらは、一生懸命に、練習して、」


「だから、それを…それを、見届けたい、…のだ!」


「…違う」
ぎりっ、と、歯噛みする音。
一角鬼の瞳が、色を変えた。
ああ、どうして…お前までそんなに哀しそうな顔をするのだ、一角鬼?
「お前、嘘ついてやがる」
「え…?!」
「お前は、結局!結局…」
一角鬼の顔が、悲痛に歪む。
思わず叫びそうになった、少女を傷つける刃を、
薄皮一枚で保っている彼女の危うげな精神のバランスを一撃で崩壊させてしまう刃を、
叫びそうになって、必死でそれを飲み込んで―


(あいつのそばに、いたいだけだ!)


その刹那。
張り詰めた空気を、場違いなほど明るい声が―引き裂いた。
「おい、蒼牙鬼!」
「?!」
「!」
青年と少女は、はじかれたように同じ方向に視線を飛ばした―
その先にいたのは、白衣を纏った鉄甲鬼。
少女は慌てて涙をぬぐう。
だから、鈍感な白衣の男は、彼女の異変に気づかない。
「ん?何だ、一角鬼?どうした?」
「い、いや…」
先ほどまでのやりとりも知らぬ彼は、何故こんなところにいるのか、と学友に問いかけるが…一角鬼は言葉を濁すばかり。
と、鉄甲鬼は少女の手を取り、歩き出した。
「蒼牙鬼、行くぞ」
「え…い、行くって、何処に」
「何を言ってる?昨日お前の端末にも送っておいただろう」
戸惑う少女に、「今更何を?」というような風で返す。
そんなことを言われても、一日ふさぎこんでいた彼女がそれを見ているはずもなく。
「アレがとうとう完成した…いよいよ、起動させるんだ!」
「アレ?」
「ああ!」
蒼牙鬼の言葉に、鉄甲鬼は力強く答えた。
その目には、誇らかな確信。
そうだ、長い長い時間をかけた彼らの知力の粋が、とうとう完成したのだから―!
「メカ戦鬼蜂だよ!
今日起動させ、早乙女研究所へと送り込む!」
「?!」
その言葉を聴いた途端。
蒼牙鬼の瞳は、凍てついた。
少女も知っている、それが何かを。
そして、その完成が何を意味するのか、も。
だが…どうして、それが、よりにもよって今日なのだ…?!
「そ…そんな!でも…ッ」
「さあさあ!いくぜ蒼牙鬼」
「あ…ッ」
色濃い動揺が、少女の脆弱な精神を襲う。
しかし、彼女の同僚はそんなことに気づきもしないで、さっさと少女を連れて行こうとする…
「お、おい!」
「一角鬼、お前も来いよ!俺たちの技術の結晶、見せてやるぜ!」
思わず声をかけた一角鬼に、鉄甲鬼は振り返りこう誘いかけた。
にいっ、と笑うその顔に、鬼の傲慢―


「…あの憎きゲッターロボを、文字通り蜂の巣にしてやる様をな!」


「おーい、ミチルさーん!まだなのかい?」
「ごめーん、もうちょっと待ってー!」
ミチルを急かすリョウの声に、多少の苛立ち。
二階の窓から帰ってきた彼女の返答に、なおさら面倒くさそうな顔をした。
時計をちらり、と見ると、もう短い針は10の数字を射してしまっている。
県営球場では、とっくに浅間学園公式野球部の試合が開始しているはずだ。
リョウとハヤトはとっくに支度を終え、バイクをスタンバイして早乙女家の前で待機しているというのに…
ミチル嬢ときたら、「絶対帽子がいるんだから!」と言って部屋に駆け戻ったっきり、もう10分も帰ってこない。
「ったくう、別に帽子なんてどれがどれでもいいじゃんかよ、なあハヤト?」
「ああ、まったくだ!」
男同士、交わす会話も「まったく理解できない」と言った感じで。
何にせよ、少しばかり急がなければならない…
球場まではバイクでもちょっとした距離だ、ぐずぐずしていると試合が終わってしまうかもしれない。
「ミチルさん、早く出発しないと!もうベンケイの試合始まっちまってるぜ?!」
「はいはーい、今行くわー!」
痺れを切らし再度呼びかけるリョウに、ミチルの返答が大声で跳ね返って来た―
その瞬間だった。

「?!」

甲高い通信音が、腕時計型通信機から飛び散る。
途端に、リョウたちの表情が一変した。
「…はい、こちらリョウ!」
応答したリョウの耳に飛び込んできたのは、緊迫した早乙女博士の声。
歪み、ノイズに邪魔されながらも、博士の強張った声が非常事態を告げる―
「リョウ君!緊急事態だ!」



「街が謎のメカロボットの群れに襲われておる…すぐ研究所に来てくれたまえ!」