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主将と子鬼のものがたり(4)


「おい、蒼牙鬼のガキは今日もいないのかよ?」
「あ、ああ…」
海底研究所をまたもや訪れた一角鬼は、またも落胆の表情。
応対する鉄甲鬼も、困惑顔だ。
天才少女・蒼牙鬼を何度も訪ねているにもかかわらず、いつも彼女は不在なのだ。
ここのところずっと人間界に「偵察」にいっている、というのだが…
「…ったく!大体、何しに人間どもの街に行ってるってんだ?!
あんなガキが何を偵察しようって言うんだよ?!」
「俺に言われてもな…聞いてもはっきり答えてくれなくてな」
「…」
どうやら、彼女は同僚である鉄甲鬼たちにもその目的を明かしてはいないようだ。
ひとりだけでこそこそと、一体何を企んでいるというのか…?
「一角鬼。急ぐようなら…」
「いや、別に急いでるとか、そういうわけじゃねーんだ。
けどよ…」
促した鉄甲鬼に、一角鬼は軽く微笑して手を振った。
しかし、その刹那、
「…何か、いやな感じがすんだ。それだけだ」
彼の表情に、うっすらと影が射す。
この、喉もとにたまっているような、不快な予感は何だ?
一角鬼は、自分でも理解できないその不安に、顔を歪めた。


「おはよう!今日も暑いなあ〜!」
「…」
その頃。
長野県は私立浅間学園、日光の照りつけるグラウンド。
覆うフェンスの影に少女の影を認めた車弁慶は、大きく手を振って彼女に挨拶した。
麦藁帽子の少女も、かすかに微笑し、こちらを見つめている。
「キャプテン、その子また来てるみたいだけど…どこの子なんすか?」
「さあ〜、聞いても言ってくれないんだよな」
最近、ずっとこうやって練習を見に来る幼い少女。
不審に思った部員が主将に問いかけるものの、どうやら彼自身もよくわからないらしい。
何をするわけでもない、ただ練習をじっと見ているだけなのだが…
見た目は小学生ぐらいのようだが、それにしても何故こんな高校のグラウンドまで足を運んでくるのか。
やることがなくて暇なのだろうか、それとも他に何か目的があるのか…
「…ま、いいんじゃね?野球好きな近所の子ってとこだろ」
「そうなんすかね〜」
しかし、浅間学園公式野球部のキャプテンは、そんな細かいことはどうでもいい性質らしい。
あっさりそう言い流しながら、プロテクターの紐を締めなおしている。
部員はなおも怪訝そうな顔をしているものの…
「さあ!んなことより、さっさとアップして練習始めるぞ!」
「はい!」
立ち上がる主将の大声につられ、急いで自分もキャップをかぶりなおして駆け出す。
その後姿に、目線を注ぐ麦藁帽子の少女…
「…」
偵察をはじめて、もうこれで1週間にもなろうか。
何らかの情報を得るため(そしてヤキュウを間近で観察するためという一挙両得)という崇高な目的を達するため、彼女はほぼ毎日ここに足繁く通っていた。
彼女の正体を看破する者など一人もいないこの場所に…
はじめのうちこそ、何の懸念すらもたれずに相手の懐に入り込んだことに悦に入っていた蒼牙鬼だが、そのうちだんだん落ち着かない気分になってしまっていた。
特に、あのキャプテン。あのリーダー、我らが怨敵・ゲッターポセイドンのパイロットだ!
部員たちですら、何故か毎日自分たちを見に来る自分にうっすらと違和感を感じ出しているというのに…
奴ときたら、ただからから笑って自分を歓迎する始末!
あまりにも疑いなく自分を受け入れるので、むしろ逆に心配になってしまうくらいだ。
お前は本当に百鬼帝国に命を狙われているという自覚があるのか、と問いただしたくなってしまうほど。
しかしながら、そんな困惑も抱きつつも、彼女はこの「偵察」を楽しんでいた。
やはり目の前で見るヤキュウは全然違う。
「巨人の星」で見たような「だいりーぐぼーる」とか「のっくあうとだほー」などはまだ見ていないが(きっとそれは浅間学園野球部の連中がホシやハナガタほど練習していないからだ、と彼女は分析している)、それでも紙の上の戦いより、断然迫力がある。
時々、他の学校の野球部らしきグループがやってきてシアイをした時など、最初から最後まで目が離せなかった―
投手の力投、はじき返す弾丸ライナー、スピーディな動き、連携する守備陣、走り抜ける走者。
野球をするホシに魅せられたマキバハルヒコの心情もわかるものだ、と彼女は素直にそう思ったりした。
そんなわけで、少々自分の行動が本来の目的とずれていっていることに気づいているのかいないのか、ともかく蒼牙鬼は今日も「偵察」を続けている…
―と。
「うぐ…!」
守備練習をしていたグラウンドから、短いうめき声。
「おい、大丈夫か?!」
うめき声を上げて、うずくまるショート。
慌てて駆け寄る仲間たち…
ショートの彼は、何とか取り繕って笑って見せるものの、すぐに立ち上がれない様子を見ると…
「あ、ちょ、ちょっとマズっただけっすよ」
「馬鹿、こりゃ保健室行って診てもらったほうがいいぜ」
「は、はい…」
キャプテンの車弁慶は、すぐさまに命じる。
ショートは少し戸惑ったような表情を浮かべたものの、助け起こす仲間の肩を借り、ぎこちない足取りで校舎のほうに向かっていく…
その光景を―
「…」
角を隠した鬼の少女は、じっと見つめていた。
「…おい、」
「何だい?」
そばで投球練習をしていた二年生ピッチャーに、やや横柄気味に問いかける。
「あいつ、どうしたのだ?怪我でもしたのか?」
「あー…ま、問題ないとはおもうけど、一応用心するのに越したことはないしな」
しかし、彼から帰ってきた返答は…多少はショートの心配をしてはいるものの、平然たるものだった。
まるで「当然じゃないか」とでも言うほどの軽さで。
「それにさ、甲子園も近いしな!今怪我するわけにはいかないし!」
彼は、最後にそう言い添えて。
そしてくるりと少女に背を向け、また投球練習を開始する…
「…」
蒼牙鬼は、我知らず首を捻った。
「巨人の星」でもそうだったが、こいつらもそうだ。
あの参考資料を読んでいたときから思っていたことだが、…奇怪だ。
何故、こいつらは、自らをこれほどまでに痛めつけても平気なのだ?
なるほど、それはヤキュウを極めるための訓練だ。
ホシがだいりいぐぼーるを会得する時に、
ハナガタがそれを破らんがために刻苦する時に。
けれども、それは作られたストーリーだ。フィクションだ。
もちろん、人間界にはこのヤキュウで生計を立てるプロ集団がいることも知っている。
だが、一介の…所詮一介の学生が、何故そこまでして…?
何を捉えるにせよ理論から入る蒼牙鬼には、それがよくわからない。
…それに。
それに、何より。
(…楽しそう、なのだ)
ページの上に踊る、ホシやハナガタやサモンたちのように。
今、灼熱の太陽に照らされながら、土まみれになりながら。
(あんなに辛そうなのに。あんなに苦しそうなのに)
汗だくになりながら、時には怪我すらしながら。
けれども、彼らは何て楽しそうに、生き生きとしているんだろう―
(…コウシエンに、行きたいのだ…な)
先ほどピッチャーが言った言葉。ホシたちが戦った場所。
それは、高校生のヤキュウにおける大会。
日本全国を数十のブロックに分け、そこで勝ち抜いた猛者たちが集う場所…
コウシエン。
(そのためなら…苦しくても、楽しいのか?)
そこに行きたい。だからこそ、苦しくても楽しい。
矛盾している。だが道理に合っている。
その目標に向かって、仲間たちとともに青春を燃やしている彼ら―

ふと、その時。
少女は、自らを省みた。

「私には…」
何も、ない。
これほどまでに、自らを賭けるモノも。
これほどまでに、自らを捧げるモノも。
百鬼帝国の頭脳、その一端として百鬼メカロボット開発に携わり、日々研究に取り組み。
確かに実験が成功したり、自分の考えたとおりにプログラムが走れば、それは快感だ。
けれども、これほどまでに、自分を見失いそうなほど没入していけるものだろうか…?
いや、違う。
天才児としてまわりの大人に見出され、百鬼百人衆となった時、期待されたのがそれだっただけだ。
高い知力を生かせる場として、与えられたのがそれだっただけだ。
自分には、何もない。
これほどまでに、苦しくても楽しいモノが。
「…」
少女の胸に、哀しみとも虚しさとも知れぬ、黒い何かが澱む。
眩しい陽の光、夏の蒼空には似つかわしくないほどに。
ぼんやりと、少女の網膜にさかしまに映る。
太陽の下を、球児たちが自由に駆け巡る。
燃え滾るようなグラウンドの中、楽しそうに白球と戯れている車弁慶の大きな背中―


「じゃあ今日はこれまで!また明日な!」
『っかれしたーッ!!』
夕方。
夏の夕暮れは遅く、もうすぐ午後七時になろうかという時になって、ようやく薄暗くなりはじめる。
キャプテンの号令に、跳ね返ってくるチームメイトの大声。
それを合図に、ばらばらと泥まみれのユニフォームたちは散らばっていった。
―と。
「…」
「ん?…君、まだいたのかい?
もうそろそろ日が暮れるぜ〜、家に帰らないと!」
グラウンドフェンスの暗がりから、すうっと伸びている小さな影。
金色の長い髪が、赤い夕日に照らされ、その色を変えている。
「…」
「…なあ、もう7時だぜ?親御さんも心配してるだろうし」
しかし、そう呼びかけても少女は動かない。
眉根を寄せ、困惑したような顔で、こちらを見返している。
口を閉ざしたままの彼女に、車弁慶も少し困ったような表情を浮かべた時…
蒼牙鬼が、ぽつり、とつぶやいた。
「何故だ?」
「?」
唐突に、問われたものだから。
百鬼帝国の大敵は驚いて、ちょっと怪訝な顔をしてみせる。
「お前ら…何故、毎日こんな苦しいことをするのだ?」
「…ん?」
「毎日泥だらけになって、暑い中に走り回って。それがそんなに楽しいのか?」
それは、単刀直入な問い。
何故好き好んで自分を痛めつけるのか、と。
「…うーん」
少しばかり、車弁慶は頭をひねる。
少女の言うとおり、毎日の練習は大変だ。
夏は暑いし冬は寒い。朝練は起きるのが辛い。結構遅くまで練習するからくたくたになる。
「確かに、練習は苦しいことも多いさ」
「!…なら」
「けどさ、」
同意の言葉に反応しかけた少女。
だが、それを先んじて、青年は…にっ、と笑った。
影のない、人のよさそのものといった、その笑顔。
何故なら、彼は知っている。
ヤキュウの楽しさ、仲間とともにいる楽しさ、
そしてその目指す最大にして最高の目標。
「…やっぱり、野球やってんだからさ。
行ってみたいんだよな、甲子園」
「コウシエン…」
「もうすぐ地方予選があるんだけど、俺たち浅間学園はいっつも一回戦負けなんだよな。
けど、できればもっと勝ち上がりたい…そのためには、もっともっと練習しないと!」
そう。
もうすぐ、この長野県でも夏の大会…全国高等学校野球選手権の地方大会が行なわれる。
そこで勝ち抜いた精鋭が、全国大会出場チームとしてあの甲子園の土を踏む権利を得るのだ…
もちろん、その戦いは苛烈。
今までの成果が、白黒はっきりとする「決闘」としてあらわれる。
その戦いの褒章として十分以上に値する…その名は、
「コウシエン」
「そう、甲子園!」
少女は、繰り返す。
青年は、熱を込めて繰り返す。
「もうすぐ一回戦で、それに勝ったら二回戦で。
次は三回戦、四回戦で…
もっと勝ち上がれば、準々決勝にも、準決勝にだって!」
浅間学園硬式野球部主将・車弁慶が語るのは、球児の夢。
この国で野球をやる少年が、いつかは…と思い描く栄光、誇らかな夢。
練習が辛くとも、それはその場所へと続くステップ。
あの、夏の白光に照らされた大舞台を、彼もまた夢見ている―
「優勝だって、できるかもしれないんだぜ…
そうしたら、甲子園に行けるんだ!」
「…」
「俺、三年生だからさ。これが最後の大会になるんだ…
だから、できるだけやりたいんだ」
しかし、彼にとって残されたチャンスは、実質残り一回しかない。
高校野球は、そのタイトルどおり高校生のもの…
現在高校三年生、最終学年である車弁慶にとっては、この夏が最後となるのだ。
「…コウシエンに、行きたいのだな」
「ああ!ダメかも知れんけど、やるだけやってみたいんだ」
少女の言葉に、満面の笑顔で答える。
ハンサムとは言いがたいが、素直で直ぐな言葉と表情は、人を和ませる優しさに溢れている。
「だって、やっぱり野球やってる奴にゃ、あこがれの場所だからな〜!」
「それが、お前の『夢』なのだな」
「『夢』?…うぅん、ま、そう言ってもいいかな!」
少女は、それを「夢」という言葉で形容した。
野球部主将は、その何処か大層なものを連想させる言葉に一瞬きょとん、としたものの…
にかっ、と笑って肯定する。
そうだ、それを望み、そのために努力することを厭わない。
それはきっと、「夢」と呼ぶにふさわしいものなんだろう。
「そうか、それがお前の『夢』なのか」
自分にはない。
鬼の自分にはない、苦しいけれど楽しいもの。
鬼の自分にはない、その先にある大切なもの。

「…羨ましい、な」

「そんな『夢』があって…いいな、お前は」
「ん?あはは!…別にお嬢ちゃん、君だってやれるぜ?
…女子高校野球にも甲子園みたいな大会があってさ、年一回夏にやるんだ〜」
思わずこぼれでた、蒼牙鬼の本音。
だが、嗚呼、鈍感なる我らがゲッターポセイドンのパイロットは、それを女子ゆえに(今のところ)甲子園への出場資格がないことへの嘆きと取ったらしい。
にっ、とその人好きのする、お人よしそのものと言った笑顔を向けて、彼女に言うのだ。
本当に、うれしそうに。
「だから、君も高校生になったら、女子野球部に入ったらいいよ!
仲間とやる野球、めっちゃくちゃ楽しいぜ〜!」
「…」
まったく勘違いした、方向違いのことを語ってくる車弁慶に。
百鬼帝国の未来を破壊する、百鬼一族の希望を踏みにじる邪悪・車弁慶に。
蒼牙鬼は、何も言えずに…微笑って返した。
何を言えよう。
何が言えよう。
自分は、お前を殺すための算段をしにここに来た…百鬼帝国の戦士だというのに!
だが、この男は何も知らずに、何も知らないままに、こんなにも優しい笑顔を自分に向ける。
ああ、何て…輝いて見えるんだろう?!

―心臓が、とくとくとくとく、と、早鐘を打つ。
鬼には似つかわしくない罪悪感と、そして…得体の知れない、それ以外の何か。
居心地が悪い。だが決して不快ではない。
今まで感じたこともないその不可思議で得体の知れない、恐ろしいが抗いがたいその感覚。




少女は既に、陥穽に落ちている。
だが、幼い鬼はそのことがわからない。
彼女はただ、奇妙なその感覚に惑っているだけ。
少女は既に、陥穽に落ちている。
夕暮れに染まるグラウンド。時折吹き抜ける風の音。
けれども、少女には聞こえない。
とくとくとくとく、と鳴る自分の心音が、鼓膜を絶え間なく揺らす。
恐ろしいが抗いがたい感覚が、少女の小さな心を揺らす―