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主将と子鬼のものがたり(3)


「!」
待て、と、蒼牙鬼が口を挟むより先に。
元気が大声で呼ばわったものだから、その声はグラウンドに響き渡る。
と…それを聞きつけた一人が、こちらに向かって駆けて来る。
…蒼牙鬼の心臓が、恐怖と緊張のあまり強張った。
ああ、だんだんと大きくなっていくその姿は、ユニフォームを着たその大柄な男こそは―
我らが百鬼帝国の怨敵、ゲッターチームの一人!
「あれ?元気ちゃん…どうしたんだい?」
土ぼこりにまみれたユニフォーム、跳ね上げたキャッチャーミット。
温厚そうな顔つきのその男は、元気と呼ばれたその子どもに笑いかける。
「これっ、忘れてったよ…持ってきたんだ」
そう言いながら、元気は持ってきた包みを差し出す。
大きな風呂敷に包まれたそれを見た怨敵は、そこに到り、ようやく自分の忘れ物に気づいたようだ。
「あっ!…そうかぁ、俺うっかりしちまって」
「もーう、せっかくお母さんが作ってくれたのに!」
「悪い悪い!」
けらけら、と明るく笑いながら、それを受け取る。
せっかくの早乙女夫人の心づくしを無駄にしてはもったいないことだ…

「…」

と―
怨敵の視線が、金色の少女に向いた。
「?…その子、友達かい?」
「ちッ、違う!違うのだ!」
跳ね返すように、怒鳴り返す。
何やらわけのわからぬ勘違いをされているのか…とんでもない!
きりきり尖った目でこちらに見据え返す少女に、元気は困ったような顔。
「ううん、ここで会っただけだよ。さっきから練習見てたみたい」
「へーえ」
元気の友人かと思えば、どうやらそうではないらしい。
金色の長髪が印象的な、愛らしいかわいらしい少女…
車弁慶が、にこり、とこちらに笑みかける。
「ちち違う!そ、そうじゃない!私は、ただ…」
話題の矛先がこちらに向きそうになり、泡を食う蒼牙鬼。
宿敵に今目をつけられるわけにはいかない…
何とか注目をそらそうと、懸命に否定するそぶりを見せようと…
したのだが。
「?!」

ぽふ。

いきなり、頭上に…軽い衝撃の感覚。
それが憎き百鬼帝国の大敵…その手のひらだと気づくに到り、少女は硬直した。
だが、大きな手のひらは、優しく蒼牙鬼の頭をかきなでる…
悔しいことに、「心地いい」と思ってしまう。面喰らってしまう。
見上げると、人のよさそうな表情の男が、穏やかな声で呼びかけてきた…
「君、野球好きなのかい?」
「え、えっと、あの、」
「俺、車弁慶。この浅間学園野球部のキャプテンやってんだ。
…君がよけりゃ、いつでも見に来てくれていいぜ?」
「あ…ぅ」
恐怖と、動揺と、混乱と。
どうしていいかすら見失った蒼牙鬼は、反射的に―
ぺしっ、と、大敵の手のひらを払いのけ、
たたっ、と、素早く走り逃げ、
そして彼らのほうをきっ、と、半泣きになったような蒼い瞳で睨みつけ、
「ちッ、違うって言ってる、のだ!」
苛立ちをそのまんま声にして、真っ赤な顔してわめきちらす。
「べ、べ、別に!ヤキュウなんて見てないのだ、知らないのだ!」
混乱に満ちた、金切り声をあげて。
途端、ぱっ、と彼女はきびすを返し一目散に走っていく。
「あ…」
「…?」
間の抜けた声が、キャプテンの喉から漏れる。
そうしている間にも、金色の少女の姿は見る見るうちに小さくなって、そうして夏の風景の中に消失してしまった。
「元気ちゃん…何だい、あの子?」
「…わかんない」
車弁慶が、元気に問うも。
元気も当然、さえない答えしか返せない…
互いに「よくわからない」というような顔をして、ぼんやりと視線を少女の消えた先へ送る二人だった。


(く…あのガキめ!あのガキめ!あのガキめ!)
走って、走って、疲れ果て。
もともと知には長けても体力的には自信のない少女の全速力は、十分も続かず。
走りも頼りない歩みに変わり、ぽてぽてと情けない音を立てる彼女の靴。
荒い息を必死に整えながら、押さえつけながら、蒼牙鬼はふらふらと炎天下の太陽の下を歩く。
(あいつのせいで!車弁慶に私の姿を見られてしまったのだ!)
汗を何度も何度も拭いながら、何度も何度もあの忌まわしい小僧への毒を吐く。
まさか、あの子どもが車弁慶の知り合いだったなんて…
まさか、偵察に出たなりこんな羽目になるなんて。
ああ、これで自分は車弁慶に顔が割れてしまった。
これからどうすればいいのか―
「…」
が、その時。
ぴたり、と。
蒼牙鬼の脚が、歩みを止めた。
だが。
…よくよく考えれば、これは好機ではないのか?
あの子どもが車弁慶の近しい知り合いであったことは計算外ではあったが、逆に容易に奴に接触できた…
そして前情報どおり、ゲッターポセイドンのパイロットは子どもに甘い。
我ら百鬼帝国に命を狙われ続けるゲッターチームの一員として、ガードが甘いとしか言いようがないが…ともかく、チャンスかもしれない。
少なくとも、この自分の「子ども」そのものの容姿は、彼奴に警戒心を抱かせない。
はた、と思い当たったその事実は、少女に促してきた…
(そうか、そうなのだ)
逆に、これは好機なのだ。
あの車弁慶は、自分をただの「野球好きの少女」として認識したようだ。
自らが好む物を好きだといわれて、悪い気がするものはいないはずだ。
先ほどの反応からしても、それは確実。
むしろ、奴に堂々と近づけるはずだ…
それこそ、迂闊に近寄れば不審がられる可能性の高い諜報部の「大人」どもが、遠巻きしてしか探れないような情報を得られるかも―!
(何か、弱点が見出せるかもしれない)
それは奴固有の物にしろ、ゲッターチームの物にしろ、はたまた早乙女研究所の物にしろ。
そうだ。
これは好機なのだ!
「…!」
少女の蒼い瞳が、再び希望に満ちる。
失敗ではない、これは新たな糸口を掴んだのであり、成功なのだ!
「よし…!」
新たに湧き出てきた意欲にみなぎる少女の脚が、ぽてぽてとしたリズムから一転、たたっ、という小気味いい音を刻み出す。
麦藁帽子からこぼれる金色の髪が、太陽光に照らされて光る。
「やってやる、やってやるのだ!」
蒼牙鬼の口から思わずこぼれだす、意気上がる声。
金色の少女は、眩しい夏の中を駆けて行く―


そして、翌日。
球音の響く浅間学園グラウンドに、またあらわれた小さな影。
「あれ?…また君かい?」
「!」
それを目ざとく見つけた野球部キャプテンが、にこり、と彼女に笑みかけた。
「また練習を見に来たのかい?うれしいなあ〜!」
「べ、別に…」
金色の髪の少女は、そんなことをもじもじと言う。
車弁慶はそれを彼女の照れ隠しだと取ったのか、また快活に笑った。
蒼牙鬼はそんな敵の様子に、内心にやにやとほくそ笑む。
…やっぱりまったく疑ってない、この呑気な馬鹿者め。
(このままこいつの近くから、何かゲッターチーム打倒のためのヒントを見つけてやる!)
なんとうまくいっていることか、宿敵にこんなに接近して情報収集が出来るなんて…(しかも、ヤキュウをそばで見ながら!)
もちろん、人のよいゲッターポセイドンのパイロットは、そんな彼女の黒い思惑になど気づくはずもなく。
少女の視線を背に浴びながら、彼はまた練習に戻っていった。


一方、百鬼帝国・海底研究所…
「おーい、テッちゃん!」
「…だから、その呼び名はやめろと言っているだろうに!」
鉄甲鬼を訪ねて来たのは、一角鬼。
だがどうやら、彼が今日探しているのは学友ではなく、そのまだ年若い同僚のようだ。
「あのさあ、あのクソ生意気なガキいる?」
「…蒼牙鬼のことか?何故?」
一角鬼の口から出た思わぬ名前に、軽く眉をひそめる鉄甲鬼。
「いや、こないだ貸した資料の『巨人の星』、返してもらおうと思ってな。
弟がもう一回研究しなおしたいと言ってて」
「そうか。だがタイミングが悪いな…蒼牙鬼はいない」
「出かけてるのか?」
「どうやら偵察にいってるらしくてな。何のためかは知らんが」
と、今度はそれを聞いた一角鬼が眉をひそめた。
「偵察って、人間どもをか?」
「他にないだろう?」
確かに、幼くとも百鬼帝国百鬼百人衆が一人。
それぞれが権限を持ち、帝国の益となる目的下においてはある程度自由に行動することも認められてはいるのだが…
「…?」
あの、こまっしゃくれたあのチビが、何のために…?
思いつかないその理由を考えようとした時、少し…何か、一角鬼の脳裏に不吉な感覚が澱んだ気がした。
しかし、それを考え付くはずもなく。
まさかあの少女が先んじて車弁慶に接触していようとは、彼に考え及ぶべくもなかった。