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主将と子鬼のものがたり(11)


年老いた研究者は、椅子にぐったりと座り込んだまま、ぼんやりとうなだれたまま、動かない。
薄暗闇の中で、何を見るでもなし、何を聞くでもなし。
延々と考えているのは、あの少女のこと。
突然の暴挙、唐突の破壊。
自暴自棄、乱心、逆上、狂乱、自己破壊…
「…」
「…グラー博士」
か細い少年の声と同時に、ぱちり、というスイッチの音。
程なくして、灰色に沈んでいた室内が光で満たされる…
老博士が振り返ると、そこには、心配そうな顔でこちらを見つめている地虫鬼の姿が在った。
「!お、おお、地虫鬼か…す、すまんのう、ぼーっとしておったようじゃ」
「博士…」
慌てて笑顔らしきものを取り繕うものの、そこに澱んだ心労は色濃い陰となってグラー博士の表情を暗くする。
その原因は、明白だ―
だから、少年は率直に問うた。
「…蒼牙鬼のことを、考えていたんですか」
「…」
無言。無音。
想い起こす、あのシーン。
フラッシュバックする、破滅的な悲劇、あのシーン。
「あの子…何で、あんな馬鹿なことをしたんだろう」
「わからん…」
「何で、あんな…」
幾度も口をついて出るのは、そんな何の意味もなさない問いばかり。
帝国に対する反抗的な言動など、それまでに一切見せたことなどなかった。
いや、それどころか、百鬼帝国躍進のため、怨敵たるゲッターチーム殲滅のため、百鬼メカロボット開発に進んで力を注いでいた。
なのに…それを、彼女は一瞬でふいにしたのだ。
「…何を思ってあの子があんなことをしたのか、それはもう誰にもわからん。
わしにも、ちっともわからん…」
彼女の才覚を高く買っていた、そして弟子としての彼女の成長を見守っていたこの老翁には、その事件はあまりにも衝撃的過ぎたのだ。
だからこそ、グラー博士はその答えなど出すことの出来ない無駄な問いから逃げられないでいる。
わからない問いに無駄に心を迷わせ、疲れ果てた彼の口から漏れるのは、
「何か思う事があったなら、この爺に言ってくれればいいものを…」
「博士」
もう彼女には届かない、無意味な言葉…
と。
地虫鬼が、口を開く。
「…一角鬼が、最後に。最後に、蒼牙鬼に何かを伝えにきたそうです。
何かわけのわからないことを言っていたらしいですけど、彼に聞いたらもしかして…」
「いや」
真実を得るための糸口となるかもしれない、と、少年は懸命に言うのだけれども。
だが、老科学者は、それを途中で制して、ため息をつく。
「やめておくよ…わしは」
ゆっくりと、首を振る。
グラー博士の瞳には、どうしようもない絶望感が陰鬱な色をして塗り込められている。
「もう、思い返したくないんじゃ…爺には、辛過ぎる」
「博士…」
それだけ、言って。
博士はまた、重苦しいやるせなさをため息とともに吐き出す。
ふと、その視線が、机上の写真立てにうつり、止まる。
いつだか、研究所員の皆で撮った写真。
その中で、少女は愛らしい微笑を浮かべ、こちらを見つめ返している。
絶えることのない微笑みを―


一方、その頃。
「…」
白いシャツに、黒いズボン。
人間社会の高校生が着る学生服に身を包んだ男が歩いていく。
向かうのは、要塞島南端にある潜水艇ドッグ…
海上の孤島と化しているこの要塞島から日本へと赴く、数少ない手段の一つ。
真っ直ぐに歩き続ける彼の瞳には、鈍い光。
だがその中に揺らがない何かを宿して、彼は歩き続ける…
が。
「…一角鬼」
「!鉄甲鬼…」
その行く手を、遮る男がいた。
鉄甲鬼。
彼の表情も、暗く硬い。
「お前、何処に行くんだ」
「…ちょっと、な」
呼び止める鉄甲鬼の言葉に、だが、一角鬼は言葉を濁す。
そして立ち止まることなく、彼のそばを通り過ぎようとした…
が。
「待てよ!」
がしっ、と左肩を捕まえられ、それを阻まれた。
のろのろと、振り返る。
一角鬼の表情も、暗く硬い。
「お前、何か知ってるんだろう?!
…聞いたぞ、処刑の直前、蒼牙鬼に何かを告げに来た、と!」
そう。
彼女の不可解な行動に苦悩しているのは、グラー博士や地虫鬼だけではない。
ともにメカロボットを開発研究していた、彼もまた同様。
一角鬼が最期のその刹那に、彼女に告げた言葉は何なのか。
そして、何故一角鬼はそんなことをした?
鉄甲鬼は問い詰める。胡乱な目をした一角鬼を、怒りすらこもっているかのような目でねめつけて。
「一体、お前は何を言ったんだ?!
お前、もしかしたら知ってるじゃないのか…あの子が何故あんなことをしたのか!」
「ああ」
「!」
すらり、と。
一角鬼は、ごまかすこともたばかることもせず、肯定した。
「だったら、何故黙って…!」
「べらべら喋っていいことじゃねーんだよ」
「…?!」
けれども。
では何故それを秘したままでいるのかとなおも問う鉄甲鬼を先んじて、一角鬼は短く断じた。
「あのガキは、もういない。言わないままに、言えないままに、逝っちまった。
…だから」
一角鬼は、確信を込めて言った。


「それは、他人が言っていいことじゃねえんだよ」


一角鬼の瞳は、揺らがず。
それ以上の答えを、何ら返すこともなく。
肩にかけられた鉄甲鬼の手を、振り払い。
再び、歩み始める。
「…」
「何処へ行く?」
「見届けに」
「何を?」
問われた言葉に、しばしの煩悶。
一角鬼は、吐息とともに吐き出す。
「あいつの分まで、見届けに」
「だから、何を!」
「…」
その要領を得ない、その答え。
焦れた鉄甲鬼が思わず声を荒げる。
―と。
長身の男が、学友を見返し。
ほんの少しだけ、寂しそうに、哀しそうに、微笑した。
「…元々は、俺が焚き付けちまったようなもんだからな。俺にも責任は、あるんだ」
ぼそり、と、それだけ告げ、彼はきびすを返す。
そして明確な答えを鉄甲鬼に返すことなく、彼は去っていかんとする…
だんだんと小さくなっていく、その背中。
一角鬼のその背に、更に詰問の言葉をかけることは出来なかった。
「…」
途方に暮れる鉄甲鬼を残して、一角鬼は歩み続ける。
彼女の分まで、見届けるために。
蒼牙鬼のために、見届けに。
そうして、彼が向かったのは―


見届けに。
彼女の分まで、見届けるために。


第2回戦を勝ち進んだ浅間学園チームは、さらに第3回戦へと進む。
見届けに。
彼女の分まで、見届けるために。




そして。




県営長野球場。7月18日。
第××回全国高等学校野球選手権長野大会・第3回戦―




「ゲームセットオオオオオオ!!」
主審の絶叫とともに、試合が終わり、そして奴らの夏も終わる。
その最後の瞬間まで、彼は見届けていた。
灼熱の太陽の下。バックネットの向こう側。
敗北にくずおれ、泣く球児たち。
市立浅間学園チームが、主将の車弁慶を囲むようにして、涙にむせんでいる。
彼らの戦いが、甲子園を目指す戦いが、終わったのだ。


一人の青年が、泣いていた。
「…」
真っ白いカッターシャツに学生ズボン、長めの髪に、鋭い瞳。
その青年は、泣いていた。
歯を喰いしばって、嗚咽すら漏らさずに。
一角鬼は、泣いていた。
あの少女のために、泣いていた。


「…」
カッターシャツの胸元から、一角鬼は小さな紙包みを取り出した。
それに落とす彼の視線には、様々な感情が混ざりこんで。
彼は紙包みを拡げ、その中にある灰白色の粉を―
球場に吹き続ける夏の熱風にのせて、ふりまいた。
風が、それをあの男のところまで連れて行くようにと―


それは、彼女だった。
撃たれ、焼かれ、燃え、今生での姿を喪った、彼女だった。


「…」
一角鬼は、泣いていた。
声を出さずに、泣いていた。
涙が塗りつぶす彼の視界の中で、彼女が散っていく。
風に吹かれて、散っていく。


…車弁慶。


心の中で、彼は呼びかけた―
彼を知るはずのない、そして彼女の命運を知るはずのない青年へと。


お前は、自分がどれ程ラッキーだったのか知らない。
お前は、自分のいのちが、そうやってのうのうと今生きていられる自分のいのちが、どれ程愛されていたのかも知らない。
蒼牙鬼が。
蒼牙鬼が、文字通り命を賭けて…お前を護ったことも。




なあ、蒼牙鬼。




心の中で、彼は呼びかけた―
こまっしゃくれて我が侭で、そのくせ一途に己の想いを貫いた、あの小娘へと。




お前の想いは、じゃあ、無駄だったんだろうか?
結局あいつはお前の決意も知りはしない、決して知ることはない。


一角鬼には、わからない。
誰にもそれは、わからない。
それでも…彼は、もうこの世にいない、金色の髪の少女に呼びかけた。


―けれど。
けれど、本当に…残念なこと、しやがったな。


お前、きっと…あと5、6年もしてりゃさ。
きっと、いや絶対、いい女になったはずだったのにな?
そうすりゃ、あいつだってひょっとしたらお前のことを―


そこで、ため息。
涙の流れた跡もまだ乾かぬ頬を、夏の熱風が撫ぜていく。


嗚呼。
けど、それでもダメか。
それでも、ダメだ…
そうしたら、またお前は…必ずおんなじことをするんだろうから!


涙でくしゃくしゃになった顔で、一角鬼は笑った。
冗談めいた、だが冗談にはならなかった己のとりとめもない空想に。
涙を流しながら、一角鬼は、笑った。


そうして、空を見上げる。


蒼空。太陽の眩しさに、よく映える蒼空。
真っ蒼で雲ひとつない今日の空は、まるであの少女の瞳のように澄んでいた―






























―さて。
これで、このものがたりも御仕舞い。

これは、二人のものがたり。
野球が大好きな、こころやさしい野球部の主将と、
彼に恋した、幼いけれど真剣な恋をした子鬼の、

主将と、子鬼の、ものがたり。