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過去の回想(3)




「ラグナ…」
すがるような瞳で。
「ねぇ、ラグナ」
哀しみに揺らぐ瞳で。
奴は、私をひたむきに見ている。
「わ、私…いったい、どうしたら…?!」


ああ。
黙れ。
黙れよ。


エルレーンは、私の方に駆け寄ってくる。
頼るよすがにしたいのか、それとも誰かに絡まらないと自分の身の重さにも耐えかねるのか。
けれど。
伸ばされたその手のひらが、私に触れようとした、その瞬間。
…私は、力を込めて、腕を真っ直ぐ突き出した。

「あうっ?!」
小さな悲鳴が、ぱっと散った。
続けざまに、だん、と、地面に重いものが落ちる音。
肩を正面から不意に強く突かれ、かはっ、と短く息を苦しげに吐き。
無様に尻もちをつき、倒れるエルレーン。
…瞳を震わせ、奴が私を見返す。
冷たく拒絶した、私を見返す。。
「ら…ラグナ、」
「…汚らわしい」
もつれた舌で、何事か言おうとしている…
だが、私はその先を断ち切るように、叩き付けた。
ぱた、ぱた、と、小さな雨粒が、鈍色の空から降り始めた。

「エルレーン…お前、わかっているのか、お前の罪深さが!」
「…」
「お前のせいで!お前なぞのせいで!ルーガ先生は死んだのだ!」

自分の中で、マグマが燃えたぎる。
自分の声音が、どんどんと怒りでその鋭さを増していく。
ああ情けない顔をして自分を見返している、この卑怯な女。
忌まわしい、憎らしい、妬ましい、怨めしい。
お前さえいなければ。
お前さえいなければ。


「お前のせいで、先生が…」


そして―
私のその思いは、何処までも純粋な形で言葉となった。


「お前が 死ねば よかったのだ!!」


雨が降る。額を頬を、全てを濡らしていく。
目を見開いたまま、自分を見つめたまま、エルレーンは動かなくなった。
絶望に染まった瞳から、ぽろぽろと零れ落ちる水滴。
それがどうした?雨と同じだ、流れれば消えるのだろう?
獣が唸るような、空のうめき声。
灰一色に塗りつぶされた暗澹たる空に、見出す日の光もなく。
地面を叩く雨音だけが、穏やかで。
その中で、私は…背に負った、大剣を鞘からゆるゆると引き抜く。
「…っ」
わずかに、奴が身じろぎした。
怖じるのか?先生を身代りに生き延びていながら、死ぬことを怖じるのか?
情けない、浅ましい小娘。
剣の切っ先をゆっくりと向ける、その細い首筋に。
かたかたと震えている、不安げな肩。
私を仰ぎ見たまま、何も言えず涙をこぼし続ける、その脆弱な様―
ああ先生、何故ですか?
どうしてこんな臆病者を、私より…!

身体中の臓腑が、また巻き起こってきた感情で一挙に埋め尽くされそうになった―
その時だった。

師匠の声が、懐かしいあの女(ひと)の声が…唐突に、頭蓋に鳴り渡った。

(やれやれ…またケンカか!しようがないな、お前たちは)

(どちらも私の弟子なのだから、仲良くしたらどうだ…
だいたい、争ったところでどうなるものでもないし!)

しとしと降る雨が、頬を流れていく。
余韻が脳裏に甘く残る。
よくつまらないことで言い争ったり取っ組み合ったりしていた自分たちに、先生が言われた言葉。
呆れながら苦笑しながら、私たちをあの青い瞳で見つめて―

…醒めた理性は、いつでも正確だ。

わかっている。自分が言っていることがどれほど歪んでいるか。
わかっている。自分がやっていることがどれほど曲がっているか。
それでも、どうしようもない。
この女に対する、恨み妬み怒り嫉み。
それがどれほど醜いとわかっていても、それがどれほど卑しいとわかっていても、耐えられない。

けれども。

ちらり、と、私は、またその墓標を見た。
真っ白な、真新しい墓標。
あの強く優しかった先生の、その欠片すら感じさせない冷たさ。
それでも…その御前で裁きを下すほどまでには、まだ自分は腐ってはいなかった。

「…エルレーン」
「…」

緩やかに大剣を鞘にしまい直し、奴に視線を投げる。
光を失った瞳が、私を見ている。
「貴様は、貴様だけは…私の、この手で、必ず、殺す」
「…わたしを、ころす、の」
「そうだ」
糸の切れた操り人形のように、強張った口が不器用に動く。
私はそれを冷たく見下ろし、嫌悪と敵意をむき出しにして吐き捨てた。
「だが、それはこの次の機会に。その時まで、せいぜい生の悦びを噛みしめておくがいい」
「…」

エルレーンは、答えなかった。
答えなど、私は求めていなかった。

そうして、私は墓地を後にする。
エルレーンの視線を、背中に感じながら。
あの女は、何も言わないまま。
私も、何も言わないまま。




雨の音だけが、その場の空間をやけに五月蝿く塗りつぶしていた。






「…」
ふうーっ、と。
長い、長い、ため息をついて。
ラグナは、回想を頭から追い出そうとでもしているかのように、くしゃくしゃ、と頭をかいた。
あれから数か月。
自分も、あの女も、天魔と戦う存在…「撃退士(ブレイカー)」として久遠ヶ原学園にいる。
いつか、あの女を。
先生を死に至らしめたあの邪悪な存在を、己が大剣で断つ。
歪んだ、捻じれた、曲がった意志。
それを理解していても、ラグナの中に燃える昏い感情はそれを強いる…
「…」
深夜の空気は、穏やかで。
雨の音しか、聞こえなかった。
雨の音だけが、穏やかで―

 
 イラスト…愁奈様