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過去の回想(2)


1年半ほど前、先生に促され、私は武者修行の旅に出た。
先生がおっしゃることなら是も否もない。
己の実力を培うため、日本を飛び出した。
…それに、正直。
先生とあの女が一緒にいるところを見るのが、辛くなってきたせいもある。
案の定、先生はあの女にはそれを言わなかった。
(…手元に置いておきたいのは、私ではなくエルレーンなんですね…先生!)
喉に引っかかった本音を、無理やりにねじり潰して。
けれども、修業を経て、もっともっと強くなれば…
私を、きっと私を、もう一度見てくれるだろう。
勝手な思い込みを、それだけをよすがにして。
私は、日本を飛び出した。



日本に帰ってきたのは、数か月前。

そこで私を待っていたのは、想像もできない事実だった。



「…」
頭の中に回想がくらめいて、寝つけない。
たまらず、ラグナは身体を起こす。
闇に慣れてきた目に、ぼんやりと…散らかった部屋の風景。
深夜二時。静かだ。
かっち、かっち、かっち、と前に進み続ける時計の秒針の音と、さあっ…という穏やかでかすかな音。
窓の外に目をやれば、カーテンの切れ目から…暗い夜の中、雨が落ちていくのが見える。
ぱたぱた、ぱたぱた。
暗い世界に、雨が降る。
ぱたぱた、ぱたぱた。
「…」
そうだ。
あの日も、こんなふうに雨が降っていた。
陰鬱で、重苦しく、呼吸する肺腑すら冷え切ってしまいそうな夜。


「…ッ!」
走った。ひたすらに走った。
日本に帰って一番最初の日。
そこで知らされたのは、信じようにも信じられない報せ。
走った。ひたすらに走った。
そんなはずがあるものか、あの方がそんな簡単に敗北するはずがない!
ただただ否定の言葉で己の中を埋め尽くして、走った。

あの女は?あの女は?
あの女は、何をしていた?

私を追いやり、私をはじき出し、私の代わりに先生のそばにいた、あの女は?!

走った。ひたすらに走った。
曇天模様の空は、刻一刻と暗くなる。
荒い呼吸は唇から出るなり、白く凍って散っていく、
やがて、見えてくる―
ただ、静謐のみに満たされた場所。

墓地。

あの女は?あの女は?

旅疲れが両脚にまとわりつき、錘みたいにひきずってくる。
無数の墓標の群れの中、走りは歩みに変わる。
見回す。あの女を探して。
様々な形の墓標がそびえたつ、まるで「私はここにいるよ」と生者に呼びかけるがごとく…

「…!」

視界の端に、影。
少女が、うなだれてひざまづいている。
一つの墓の前で。

「…っ、エルレーン!」
「!」

名を呼ぶと、奴ははじかれたように立ち上がった。
奴は、呆然とした顔で、私を見返した…
泣きはらしたのか、真っ赤な目をして。
「あ…ぁ、ラグナ」
「エルレーン!本当なのか、本当に…!」
真偽を問う自分の問いに、エルレーンは答えず。
のろのろと、先ほどまで頭を垂れていた、墓石を視線で指し示した。


白い、真新しい墓標。
余計な飾りも何もなく。
それは、虚飾を嫌ったあの方らしく。
刻まれているのは、その「名前」―


"Ruga Slaier El Balhazard"


「―」
すとん、と、勝手に、膝から崩れ落ちた。
冷たいコンクリートの感触が伝わってくる。
遠雷。雨が近いのか。
寒々しい空気が、ごお、と吹き貫く。
「…あのね…っ、天魔が、天魔が、襲ってきて…ッ」
細い声。泣いているのか、声音が揺らぐ。
五月蝿い、貴様が泣くのか?貴様が?
先生を私から奪って我が者にしてきたお前が?
「かなわなくって、すごく、ッ、強くって…!
そ、それで、ルーガが…ルーガが、わたしを、逃がそうとして…ッ!」
ああそうだそうだろうとも、先生がそう容易くいのちを奪われるはずがない。
お前のせいだ。お前のような邪魔者がいたから、先生が犠牲になったのだ。
「それで…、ッ、う、ううっ…!」
そしてなおも泣くのか、鬱陶しい。
泣けば済むとでも思っているのか?
泣けばいいとでも思っているのか?


泣きたいのは、
泣きたいのは、
お前じゃないだろうが!!


「…」
不思議と、涙が出ない。
むしろ、この女がこれみよがしに泣きじゃくる分…別の感情が湧いてくる。
忌まわしい。
憎らしい。
妬ましい。
怨めしい。
お前さえいなければ。
お前さえいなければ。


「…ッ」
ぎりっ、と、歯噛みする。
胸の中で、ぐらぐらと煮えたぎっていく。
マグマのように高熱で、粘質で、破壊的な衝動。


私は、立ち上がった。
薄暗い、灰色の空…
眼前に、ぽろぽろと涙をこぼし続けるエルレーン。




…私は、瞳を見開いた。