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とても、とても、小さな彼(3)






所変わって、久遠ヶ原学園女子寮のひとつ。




ピンク色基調の愛らしい…いかにも女の子らしい、といった部屋。
しかし、ずらりと並ぶロボアニメもののDVDや薄い本、壁に貼られた"Catch the Sky"のナイトフォーゲルポスターなどが、住人の趣味を如実に語っている。
と、がちゃり、と、ノブが回り、住人が帰宅したようだ。
途端に、しゃげー!しょあしゃー!と、棚の上にいる何らかの物体が奇声をあげる。
「こらぁ!ちょこ太くん、まぶ美ちゃんいじめちゃだめなの!」
チェストの上の大きめの水槽、その中にはうにゃうにゃ動く謎の生物。
黒いのが、何やら白と黒の混ざったのをぽかぽかと伸ばした腕?で殴っている…
以前の依頼でもらいうけ、彼女がペットとして飼っているチョコレート?らしきイキモノだ。
ミルクやマーブル、ストロベリーなど、色とりどりのそれはぐねぐねと蠢く不定形生物だが、一応はチョコレートであるらしい。
「ほら、ごはんだよぅ」
蓋をあけ、そこからぱらぱらとピーナッツを放り込むと、黒や白やピンクやらのうねうねが、我先にとピーナッツに向けて触手を伸ばす。
「さて…」
ペットにえさをあげ終え、どさり、とカバンを床に放り出して。
エルレーンは室内に視線を巡らせる…
DVDと同人誌のつまった棚の上は"Catch the Sky"フィギュアでいっぱいだし、窓辺にはこの間のオリエンテーリング大阪旅行で買い占めてきたKVぬいぐるみで満員だ。
「…。」
どうやら、ベッドの上くらいしか、空き場所はないようだ。
布袋からごそごそと撮りだす、緑髪の青年を模したぬいぐるみ。
「うふふ」
それを抱きしめたまま、エルレーンはころり、とベッドに転がる。
「…。」
すっ、と抱えあげる。
真正面から見返すぬいぐるみは、つぶらな瞳でにこにこと彼女に笑いかけている。
…その表情に、彼のものが瞬時、重なる。
ずっとずっと昔、まだあの女(ひと)が生きていたころの。
照れたような、はにかんだ、けれど穏やかなやさしい笑顔。
今はもう、あの神聖騎士は少女に笑みを向けることなどないけれど―
「…。」
ぬいぐるみの右腕をとり、その小さな小さな手を…彼のものよりずっとずっとちいさな手を、自分の頭にもっていき。
そのまま、やさしくなでる。
小さな小さなぬいぐるみの手が、エルレーンの頭をなでる。
「…ふ」
自然にこぼれ出たのは、さびしそうな微笑み。
湧きおこってくるやるせなさに、たまらずエルレーンは人形をぎゅうっ、と抱きしめる。
小さなぬいぐるみにすがるように身を寄せ、その顔に額を押しつける…
開かれた唇から、ささやきがこぼれる。




「やさしくしてよ」

「私に、もう一度やさしくしてよ」

「昔みたいに、一緒にいてよ」

「私の頭を、なでなでしてよ…」




浅はかな弱音が、一人ぼっちの部屋に散る。
人形は、相変わらずにこにこと笑いかけている。
かっち、かっち、と、時計の秒針だけが自己主張を続けている。
しばらく、かっち、かっち、かっち、かっち、と、鳴り続け―




「…。」
そのうち、がばっ、と身を起こすエルレーン。
そう言えば、もうすぐ夕方だ…
一生懸命動いたらおなかもすいた、食堂でご飯を食べよう。
掛け布団をめくると、そこにはすでに先客がいる。
エルレーンのお気に入りの、これまた大きなねこのぬいぐるみ…
そのとなりに、新入りの青年をそっと寝かせて、ぽふり、と布団を掛けてやる。
(うふふ…おやすみなさい、なの)
ねこと一緒にベッドにやすらうラグナ人形に微笑を投げかけ、またエルレーンは部屋を出ていった。


一方、その頃。


「あ、あああああ…」
どさり、と、床に落ちるコンビニ袋。
驚愕のあまり間の抜けた声を漏らしたまま玄関に立ちつくすのは、この部屋の主…「非モテ騎士」こと、ラグナ・ラクス・エル・グラウシード。
授業が終わり、いつものようにコンビニに寄って酒と食べ物を買って帰ってきたら―
ありえないことに。
部屋の風景が、一変していたのだ。
一人暮らしの自由さで、散らかし放題のまま出たはずの部屋。
服だの本だの下着だの、そこらじゅうに置きっぱなしだったはずなのに…
広げたままだった本や雑誌は、きちんと列を作って本棚に。
存在をおおらかに主張していたシャツやパンツやふんどし(!)は、きれいにたたまれてベッドの上に。
あまつさえ、後で洗濯しようと思っていた汚れものは、勝手に洗われた挙句、ベランダの物干しでハンガーにかけられ、ひらひらと空を舞っている…
どう考えても「何者かに侵入され、荒らされた」としか考えられない!
いや、正確に言えば、むしろ部屋はきれいになっているので「荒らされた」とは言い難いが…
「…!」
靴を脱ぎ散らかし、慌てて室内に上がりこむと、一目散に棚の一番下の引き出しを引っ張り、奥の貴重品を確認する。
そして、それらがきちんとあることに、安堵のため息を漏らす…
では、いったいこの部屋の異常は何なのか…?
いぶかしんだラグナが、振り返ったその時だった。
「?!…あ、あれ?!」
そして、ようやく気付く。
この部屋から、一個だけなくなっているもの…
苦心して作った、あのぬいぐるみ!
「ど、どうして…」
金目のものが消えておらず、おまけに部屋まで勝手に掃除されて、そして消えているのがぬいぐるみだけ…?!
(…まさか)
ふっ、と、ラグナの脳裏に何か予感がよぎった。
(い、いやいや、そんなことはないだろう、さすがに…)
が、無理やりその不安を押しつぶして、見なかったふりをする非モテ騎士。
確かにあの女は突拍子もないことを企む奴ではあるが、たかがぬいぐるみのために家宅侵入までするほどではないだろう…
では、人形はどうしてしまったのか?
「…。」
しばし、熟考。
その挙句に彼の頭に浮かんだのは…
(…もしかして)
表情は、まったく真顔。
ぼんやりと脳裏を横切る、独り言。

(あまりに精巧に作りすぎて、ぬいぐるみに魂が宿ってしまったのだろうか)

それはとてもとてもファンタジックで、とても21世紀を生きる若者のものとは思えないレベルの残念夢想。

(自由を求めて旅にでも出てしまったのだろうか…
そして、礼代わりに私の部屋を掃除していったのかもしれない)

口に出すとあまりにアレなほどにメルヘン…
現実を見たくないあまりに、さらに突拍子もない夢想に逃げ込む非モテ騎士だった。



追記:
ちなみに、なくなってしまったので、「みにラグナくん」はもう一体作り直しました
「…解せない」
そんなことを言いながら。


 
 イラスト・R-E様