2094   韓国語の Google 先生
2006/08/05 11:40:05  ijustat   (参照数 49)
これは 2093 [対照研究] への返信です

今回論文を書くとき、ずいぶん Google のお世話になりました。これは本当に優れものです。

私は韓国に住んでいますから、疑問があったらすぐに韓国の人たちに質問できるだろう、と思っていました。しかし、実際はそうではありませんでした。もちろん、いくつかの重要な点は同僚の先生や学生たちに聞くことができました。

しかし、論文のために一日中研究室に閉じこもっていたために、人に会う機会があまりなかったのと、質問の内容が専門的だったために、言語学の訓練を受けていない人に質問しても埒が明かなかったことと(質問して出来ないことはないのですが、相手に大変な苦労を強いることになるし、私自身もすごいエネルギーの消耗になり、後々人間関係に悪影響を及ぼしかねないので、やりたくてもできませんでした)、コーパス資料中心の研究だったために、検討する用例の量が多すぎて、それだけ人を煩わせることができなかったこととで、結局は自分ひとりで解決しなければならない部分がほとんどでした。

私が人に聞けなかったのは、動詞のアスペクト形です。日本語のアスペクトでは、「〜ている」が継続を表す動詞と状態を表す動詞があったり、「〜ている」を取らない動詞があったりしますが、韓国語ではさらに、「〜ている」に該当する表現は“-go itta”と“-eo itta”の二つがあり、“-go itta”は、動詞によって継続を表したり状態を表したりします。そのうえ、状態を表すとき、動詞によって“-go itta”を取ったり“-eo itta”を取ったりするのです。確か大阪弁でも「〜よる」と「〜とる」が、“-go itta”と“-eo itta”と同じような対立をしていると、大阪の人から聞いたことがあり、うらやましく思ったことがあります。

どの動詞がどのアスペクト形を取るかは、韓国よりも日本で関心が持たれているようですが、今までの研究では、韓国の人にいちいち尋ねていたようです。78年に出た油谷先生の論文がそうでした。でも、そこには百個ぐらいの動詞の例があるだけで、まったく用をなしません。昔買った小学館の『朝鮮語辞典』には、その論文よりも多少丁寧なアスペクト形の記載があります。

しかし、それは基本動詞に限られていて、私が調べているのは、そんなことはお構いなしに使われている実例です。そんなわけで、半分以上は自分でアスペクト形を明らかにしなければいけなかったのです。そして、それを韓国の人たちに聞けるような状況ではありませんでした。初めは、これじゃ日本にいるのとあんまり変わらないとも思いました。でも、嘆いていても仕方ないし、論文の審査日はどんどん近づいてきます。

そこで助けになってもらったのが韓国語の Google でした。アスペクト形の把握は結論に至る関門でしたが、私の関心の中心は、アスペクト形ではなかったので、あまり深入りせずに、『朝鮮語辞典』に記載されているアスペクト形は、あれ? とは思っても検討せずにそのまま使い、そこにないものは、それぞれの動詞に“-go itta”や“-eo itta”を付けて、そういう用例があるか、あればどんなアスペクトで使われているか、あるいは、その用例は正常な用例なのか、といったことなどを確認していきました。(1つの動詞につき検討する時間は10分までと決めたのですが、それでも何日間も、朝から晩までコンピュータと付き合うことになりました。)

このとき、Google はとても便利だと思いました。それは、ただ表現を検索フォームに入力しただけだと、いくつかの単語に分かれている表現は、ばらばらになって検出されてしまいますが、前後を半角の引用符で括って表現を入力すると、それらがかたまって検出されます。それから、正規検索も可能で、たとえば“-go itta”のような表現を検索したいときは、半角の引用符も含めて“ "*go itta" ”と入力すれば、“go”の前に付く動詞がぞろぞろと検出されるのです。

何でこんな話をしたかというと、今までこういうことは、ネイティブスピーカーに教えを請うて、つまり、インフォーマントになってもらって、彼らの教えを全面的に信じて受け入れるしかなかったのです。けれども、この方法では、ネイティブスピーカーの語感がなくても、かなり確実なことが分かります。実際には判断に迷う動詞もいくつかあったのですが、幸いなことに、先生たちからも動詞の分類がおかしいと指摘されることはありませんでした。用例の力だと思います。

言語学では、意味というのは用例の中で確定するものだから、用例を観察すれば意味が分かる、という考えが、前提としてあるようです。私は大学一年生のとき、国語学の演習で、古文の用例をカードに書き取って意味を研究する方法を習ったとき、これが正しいなら現代語でも正確な意味やニュアンスを把握することができるだろうと思い、韓国語の勉強に使ってみました。当時は韓国語の資料を手に入れること自体がとても難しくて、なかなか集められませんでしたが、それでもカードが少しずつ増えていくにつれて、使い方が分かってきて、そうやって身につけた韓国語の用法は、韓国人に100パーセント通じることを経験しました。しかも、スパッと通じるのです。だから私も、意味というのは用例の中で確定するものだから、用例を観察すれば意味が分かる、という考えに、全幅の信頼を置いています。

ですから、自分が勉強していたり使っていたりする外国語で、ニュアンスのよく分からない表現があるとき、それについて説明してくれている教材がなかったり、あっても説明が不十分だからといって、悲観したりせず、インターネットで用例を検索してみることをお勧めします。初めは思うような用例が出てこなくても、検索方法をいろいろと工夫してみると、そのうち面白いようにザクザクと知りたい用例が出てくるようになります。それに慣れると、検索はとても楽になります。そうしているうちに、自分自身の観察力も徐々に研ぎ澄まされてきます。そうやって身につけた表現が増えていくうちに、自分の表現力も徐々にネイティブスピーカー並みになっていくだろうと思います。