ゆどうふさまこんにちは。ijustatです。すばらしい話をありがとうございます。
>これは、週刊誌TIMEのための見出し速読術を書いた本です。
「見出し速読術」というのは変わった表現ですね。内容を速読するのではなく、見出しを速読するんでしょうか。
>…という作者さんは、「英語道検定試験」という独自の試験を主催しているのですが、その中でも「TIMEがすらすら読める人は皆無に等しい」とのことです(それほど週刊誌ッつうのはむずかしいんでせうね)。
うわ、「英語道検定試験」ですか。すごい。松本道弘先生はその若き日からTIMEにこだわっておられるけれども、それだけすごい雑誌なんでしょうね。私にはTIMEは英文が難しすぎて、辞書を引きまくらなければ理解できない難物です。でも、たしかに、時事週刊誌を楽に読めるかどうかによって、その言語を楽に使えるかどうかが決まってくるかもしれません。私も韓国に来る前に「週刊朝鮮」という雑誌をずっと読んでいましたが、韓国に着てから表現が高級だとよく言われました。もちろん、場違いに高級な表現を使ったときに指摘されたのですが。^^;
>…とまあ、TIMEを読むのに読者を十分覚悟させた上で(笑)見出しの解説編に入ります。 >ここでは、 > >火・水・風・石・空の思想 > >に従った読み方が提示されていて面白いです。
これはなんだか宮本武蔵の「五輪書」に似ていますね。これは「地」「火」「水」「風」の四つに分かれていますが。しかし、このように英文読解力を哲学的(?)に分析したのは面白いことです。
>火はpragmatist >情熱を持ってがんがん読みすすめる。とにかく読む。 >読みたい記事を欲望のままに読む。 > >水はidealist >さらさらと、どの記事をも選ばずに、素直に英語を吸収するように読む。 > >風はrealist >心を一定の記事に留めず、がーっと飛ばし読みする。 >インプットを超スピードアップだ。 > >石はanalyst >問題意識をなくさず、英語表現に惑わされずに本質を見る。 >文化背景などの背景知識。 > >空はsynthesist >それらを全て統合したもの。自然体。
私はこれを見ながら、真ん中の「風」だけラテン語で残りはギリシャ語だなあと思いましたが、多分理由はありませんよね(笑)。それにしても、この「火、水、風、石、空」と“pragmatist,
idealist, realist, analyst,
systhesist”の調和は絶妙ですね。まるで詩のようで、眺めれば眺めるほど味わいを感じます。
>これだけではちょっとわかりにくいので、本文中にあった例を。 > >たとえば、カバーに大きなクモの写真が載せられた(そんなことはまずないが)としよう。 >「火」の人は、「soider?スパイダーマンなら読むが」と独り言を言って、その週のTIMEよ読まない。sheepが特集なら、クローン羊のことだから魂を入れて読む。ところが、 >「水」の人は、カバーストーリーは必ず読む。spiderの内容より、英語に溶け込んで、川の流れのように読んでいく。 >「風」の人は、たとえspiderが気に入らなくても、さーっと見出しだけに一瞥をくれて、全ページをかすみ読みする。 >「石」の人には好き嫌いはなく、なぜspiderが取り上げられたのか、その背景を分析するつもりで、深く読もうとする。(p157) > >で、「空」の読み方は、これらを全体的に統合したもの(これはどんなものか私にはよく理解できませんでした)ということです。
この思想は“英語”というよりは、読むこと自体を問題にしているようですね。あるとき“読む”という営みは母語も外国語も同じだということに気づいたときから、“理解”への強い意志が心に生じてきたような気がします。松本先生の5種類の態度は、この“理解”への意思のあり方を詩的に描写しているように感じられます。(違うかな?)
>この本の半分以上は見出し解説なのですが、私としては、この5つの思想を使うという点が気に入りました。 >リーディングの際、「どのような心的態度を持って望むか」ということによって、 >そこから得られる情報は変わってくるからです。 >このように、意識的に自分の読み方を使い分けることはかなり有益な戦略といえるでせう。
情報が変わって来るということは、意味のあり方が変わってくるということですよね。意味というのは私たちの心に生じる現象で、本や雑誌はメディア(媒体)です。メディアに盛られた情報に意味があるのではなく、それは文字というメディアで、それが媒体となって、私たちの心に意味が刺激され、それが心の中で一つのまとまった情報として組み立てられていくのだと思います。だから、私たち自身の態度によって、メディアの伝えるものは大きく違ってくるのだと思います。
実は私は一つの悩みがあって、それは、“この文にはこのような意味がある”などのように解説することが多いけれど、実は文には意味はなく、意味は私たちの心の中にあるということです。便宜上文自体に意味があるように言ってしまうけれど、文字列はあくまでも媒体で、意味はそこにはなく、こちらにあるのだという思いが、私の中にはいつもあります。松本先生の5種類の態度から、このことをまたふと思い出しました。
>(ちなみに、このような意識的なモノの読み方が出来る人には、 >けっこう「受験勉強(国語)」が大いに役立っていることが多いように思われます。 >そのようなテクニックとして教わるからです。 >世の中、無駄なモンなんて本当なかなかないもんです(笑))
すばらしいテクニックを学ばれたんですね。それを教えてくださった現代国語の先生は、立派な人だと思います。近いうちにキョボ文庫へ行って、この本を注文してこようと思います。いい本を紹介してくださってありがとうございます。
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