1394   「教授法」と「言語学」
2003/07/09 14:15:40  ijustat   (参照数 22)
これは 1392 [語学で身を立てる] への返信です

pdca様、こんにちは。ijustatです。

>遅くなりました。pdca です。バタバタしていて書き込みが遅れました。英検一級の一次試験や、仏検の準1級の一次試験、通訳ガイドの英語の一次試験など、試験ラッシュでした。

うわ、そんなにたくさんのテストをいっぺんに受けられたんですか。

>さて、猪浦さんですが、やはり語学で身を立てている方だけあって、語学を使ったビジネスアイディアが、次から次へと出てきます。私が考え付くような、通訳・翻訳・語学教師などと言う範疇はとっくに外れています。
>細かい話は商売ネタなので勝手に私がここに書くことは出来ないのですが。

とても気になりますが、なるほど、外国語を使った仕事の可能性はいくらでもあるということですね。そういうことを考えている人がいるということ自体、とても刺激になります。

>印象深かったのは、「語学で身を立てる」について質問した時に、「言葉を教える時に教授法や言語学が必要になるのは、生徒が初級者の時だけだ」という話でした。

それは気になる話です。いずれにせよ学習効果を高めたいと思うのが教師で、学習者としても同じ願いを持っていますから、教授法が必要でなければ何が必要かということが、とても問題になります。

なぜなら、私も日本語を教えながら、中級以上の学生に教える方法については、いつも試行錯誤をしています。少なくとも、中級以上で初級で教える方法が有効な学習者は、それ自体に問題があると思います。しかし、それに対して“教授法が必要ない”というとき、日本語教師たちが日常的に考えている教授法とは何か違った意味で言っているのではないかという気がします。

言語学に関してもやはり同じです。上級以上の言語習得に対して言語学では研究しないということはありませんから、これは何か私たち日本語教師が考えている概念とは違う別の概念で猪浦先生は考えておられるのだと思います。

「教授法」という言葉にしても、「言語学」という言葉にしても、それがどういう意味で使われているかによって話の内容が変わりますから、そういう部分について、いずれ知る機会が得られたらと思います。

>あと、当初はあの本の最後にインターネットを使った語学学習法というのを書いていらっしゃったのですが、インターネット関連はすぐ陳腐化すると編集者に言われて削除。急遽真ん中に、学習法の種類という章を入れたのだそうです。どうりで中途半端な終わり方をしているなぁと思っていました。

それはちょっと残念な話ですね。陳腐化したとしても、そこに何らかの原則が見られるならば、学習環境ががらりと変わっても、学ぶところは依然として多いと思われるからです。「20カ国語ペラペラ」に描かれている外国語学習環境は、今ではすっかい変わってしまい、メディアもずいぶん変化しましたが、私は今でもこの本を時々読んではいろいろと学んでいます。

>とても勉強になりました。

私も勉強になりました。ありがとうございます。